沢庵とべったら漬け
とりあえず、城へもどってみる。
山崎も気になるが、林や高崎、山川のことも気になる。
大広間にゆくと、でてゆくときよりその数が減っている。
傷病人も、大坂城より退去しはじめているらしい。
もう間もなくやってくるであろう敵軍に、明け渡すためである。
山崎は、まだ残っている会津藩の藩医にみてもらった。
そのあと、安静にしているらしい。
山川と高崎もまた、絶対安静で眠っているという。
藩医が、「応急手当てがよかったからだ」、と心底感心している。
俊春も俊冬も、幕末の「ブラッO・ジャック」として、生計を立てていけるに違いない。
それは兎も角、山崎の左脚の足首から甲にかけての麻痺の原因は、藩医でもわからないという。
原因がわかったとしても、対処の方法まではわからないであろう。
あとは、手術なしでも固定と安静で、治ることを祈るしかない。
それでも、生きている。
生きているんだ・・・。
その山崎や林といった重傷者をのぞいて、全員で、「京屋忠兵衛」にうつった。
ああ、もちろん、馬二頭と犬一頭も含めてである
双子は、大目付の妻木頼矩に呼びだされ、でかけてしまった。
宿につき、部屋を割り当てられ、それぞれの部屋に落ち着いた。
いまや全員が、泥のように眠っている。
相棒は、「豊玉」と「宗匠」、安富とともに、宿のちいさな裏庭にいる。
馬たちは飼葉を、相棒はぶっかけ飯を、それぞれたらふく食べた。
たまたま、香の物が沢庵ではなく、なにゆえかべったら漬けしかなかった。
相棒の代弁者たる俊春が不在なので、声明を発表するまではなかったが、表情はあきらかに不満げであった。
おんなじ大根からできているのに、そこはこだわりがあるらしい。
それは、人間も同様。
「なにゆえ大坂で、べったら漬けだ?」
副長は、箸でべったら漬けをつまむと、はっきりくっきりすっきり不平不満を表明した。
沢庵とべったら漬けの違いは、大根を干すか干さぬか、漬けるときの調味料である。
念のため・・・。
兎にも角にも、副長は山崎が、「生きている」ことに心底ほっとしたようである。
もちろん、局長や永倉たちも。
この夜、組長三人は少量であるが酒を呑み、六畳の間で川の字になって眠っている。
そして、局長は、子どもらとともに眠っている。
泰助のことが、気になるのであろう。
子どもも大人も、限界を超えてもがんばった。心が折れ、フラフラしながら。
できれば、何日でも疲れがとれるまで休んでほしい・・・。
この状況では、到底できるはずもないが。
「主計、おめぇのいうとおり、おれたちは「富士山丸」って艦に乗り、江戸へ戻れとのお達しだ」
ひと眠りするまえに、相棒の様子をみておこうと廊下をあるいていると、布団部屋のなかから副長がでてきた。
ぶっちゃけ、部屋が足りない。この宿には、新撰組だけでなく、会津、桑名の藩士もいる。っていうか、ごちゃまぜになってる。
しかも、どこの部屋も定員より二倍三倍の人数がおしこまれている。
副長は、みずから布団部屋を選択した。
一人になって、雑事を片付けたいからである。
「山崎は、あるけるようになるか?」
ストレートに問われる。
副長越しに、布団部屋のなかがみえる。
宿から借りたのであろうか、ちいさな文机をもちこんでいる。
そのうえに、蝋燭が置いてある。
燭台も、足りないのである。
その淡い光をバックにし、イケメンがずいぶんとくたびれているようにみえる。
副長のことはいえない。おれも、ひどい表情になっているであろう。
「わかりません。もしかすると、オペ、いえ、手術といいまして、脚の神経やらなんやらを、さわらないといけないかも。一生、痛みがあったり、ちゃんとあるけなかったり、という可能性はあるかと」
副長は、おれから視線をそらし、それを天井へと向ける。
その視線を追ってみると、天井に奇妙なシミがある。
「そうか・・・。ならば、大坂に、置いていったほうがいいんだろうな・・・」
そのあまりにもつらそうな声に、どきっとしてしまう。
「せっかく助かった生命。ここらで離脱させたほうが、あいつにとっちゃいいにきまってる。そうは思わねぇか、主計?」
副長は、連れてゆきたいだろう。もちろん、おれもいてもらいたい。
脚など、どうとでもなる。
行動範囲は狭くなるが、射手としてなら戦いに参加できる。
それに、活躍の場は、なにも戦いだけではない。
井上にかわり、交渉や準備といったバックヤード的な立ち位置になれば・・・。
むしろ、そのほうが、副長は安心であろう。
そういったバックヤード的な業務を、そつなくこなせる人材がすくないのだから。
突然、「離隊しろ」などと命じられたら、本人がどう思うか・・・。
さきほども、山崎は「みなと戦えなくなるから、死にたくない」、といっていた。
かれにとって、その命は死よりも怖ろしいものではないのか・・・。