中指は立てちゃいけません!
「山崎?」
安富が、山崎に声をかける。
山崎の唇の間から、うめき声がもれる。
爆発はなさそうだし、敵もしばらくはこないだろう。
兎に角、山崎の様子をみなければ。
「鳶、山崎をおろす。手伝ってくれ。主計、二頭の鞍の下に、筵をはさんでいる。はずしてくれ。山崎を、その上に寝かせる」
安富が二頭の飼葉の準備をしていると、俊冬が、厩に飛び込んできたそうだ。
そして、「鞍の下に、筵をはさんでほしい」といったという。
安富は、そのときにはおかしな頼みだなと思ったらしいが、いまになって、その意味がわかったという。
俊冬、どんだけ気配り上手なんだ?
安富の指示にしたがい、鞍の下から筵をはずし、それを道の脇に敷く。
そこに、山崎を寝かせる。
「途中、会津の方々にお会いしました。その方々が、「新撰組の隊士は、みておらぬ」、「敵が迫っておる。引き返したほうがよい」、とおっしゃってくださったのです」
鳶が、状況を語りはじめる。
それをききつつ、山崎の傍に両膝つき、状態をチェックする。
「それでも、山崎先生は「隊士だけでなく、味方の兵が遅れているやもしれぬ」とおっしゃり・・・。それからしばし進んでみましたが、隊士どころか、敗残兵一人みかけぬようになりました」
鳶は、一息つく。
脈、呼吸、ちゃんとしている。外傷をあらためるも、とくにおおきな傷はみあたらない。顔面、掌や前腕に、擦り傷はあるものの、おびただしい血が着物についていたり、ということはない。
「あきらめ、引き返そうとしたとき、さきほどの一隊にみつかったのです。しかも、連中、いきなり大砲をぶっ放して・・・。驚く暇も怖がる暇も、ありません。そのとき、山崎先生に突き飛ばされ・・・」
山崎が鳶を突き飛ばし、たまたまちかくに立っている古木の下に、ともに転がってしまう。
山崎が鳶に覆いかぶさった状態で、地に倒れこんだ二人。
そのすぐそばに、砲弾が容赦なく落ち、おおきな爆発音がした。
砂利やら草やらが、降り注ぐ。
恐々と瞳をあけても、硝煙でなにもみえない。
必死に瞳をこらすうち、めきめきと音をたて、古木が崩れるように倒れてきた。
しばしのときをおき、やっと視界がひらけてきた。
鳶が山崎に「大丈夫か」と問うも、なんの返答もない。
山崎の下から這いでて声をかけるも、気を失っていて返答がない。
例の一隊が、鳶と山崎が生きていることに気がついた。
鳶は、山崎を抱えるようにし、逃げはじめる。
その直後に、おれたちと出会ったという。
古木は、山崎のどこにあたったのか・・・。再度、そのつもりで頭からチェックする。
とりあえず、頭に外傷はない。外傷はないが、ぶち当たった可能性はある。意識もないし、脳震盪かも・・・。
上半身も外傷がない。着物をはだけ、背中をみてみるが、とくにあたったような打撲跡もみうけられない。内臓破裂、とかもなさそうだ。
「主計・・・」
着物をもとに戻していると、掌をつかまれた。
「山崎先生?よかった・・・。意識が戻ったのですね」
山崎である。
冷たい掌であるが、しっかりとおれのそれを握っている。
「すまぬ。脚の上に、樹が倒れてきた。同時に、頭にもあたった」
「脳震盪かもしれませんね。今日は、何日かわかりますか?新撰組の隊士の数は?」
「七日だったか?隊士の数?戦がはじまるまえには、百六十に足りぬほどであったが、さあて、いまはどうなっていることやら・・・」
苦笑とともに、答える。
日にちなど、おれよりよほどわかっている。もちろん、隊士の数も。
おそらく、異常はないかと思う。
ペンライトがあれば、医師がするように瞳孔をみたり、とかもあるんだろうが、まさか松明をちかづけるわけにもいかない。
鳶が、附木で火をおこし、松明を準備してくれたのである。
「これ、何本かわかりますか?」
指を三本立て、山崎の眼前でゆっくり振ってみせる。
「三本。これは、一本」
すると、右腕を上げ、中指を立ててくる。
「ああ、それはやっちゃいけないことです」
苦笑とともに、注意する。
以前、その禁断のジェスチャーとワードを、教えたのである。
意識は、しっかりしている。
脚を、みることにする。
下腿に外傷がみられるものの、ぐっしゃり潰れているわけではない。
「先生、どこか痺れはありますか?」
「左足首より甲にかけ、感覚がない」
くそっ、残念ながら、知識不足。
おそらく、腓骨神経麻痺かと思われるが、確信はない。
同期が訓練中になったので、そういう怪我もあるということはしっている。
その同期は、手術、リハビリで回復した。
が、もともとレンジャーを希望していたこともあり、退職してしまった。
かりに、腓骨神経麻痺だとすれば、手術が必要な場合と固定するだけで治る場合があったであろうか・・・。
しかも、それはⅩ線やMRIで確認しなければならないのか?
もしも手術が必要で放置した場合、あるけなくなる、ということなのか・・・。
いずれにせよ、蘭方医なり双子なりに診てもらう必要がある。
「主計?」
頭をもたげ、山崎が相貌をのぞきこんでいる。
「先生、おれは役立たずの元間者で、怪我のことまではよくわかりません。兎に角、大坂城へ戻りましょう」
「主計・・・」
山崎が、肘を掴んでくる。その握力に、なにゆえか怯んでしまう。
「すまぬ。わたしは、おぬしのことを役立たずなど思ってはいない」
おれのことを、「間者にはむいていない」、といったことだ。
わかっている。山崎は、ただ自分のことでみなに迷惑をかけたくない。そのことをいいたかったのである。
「おそらく、脚は動かぬ。おぬしの時代ならどうにかなっても、いまはどうにもならぬ。忘れたか、これでも、わたしはおぬしよりかは知識がある」
不覚にも、涙があふれてくる。
気づかれぬよう、すばやく指先で拭う。
相棒が、山崎に相貌に鼻を押しつけるのが視界の隅にうつる。
「だが、生きている。おぬしと双子に、助けてもらった。井上先生は、生きよといわれた。ゆえに、そうせねばならぬ。そうであろう?」
「ええ、ええ、おっしゃるとおりです。いいつけを護らねば、あの世からどやされます」
肘を掴まれてない方の掌で、山崎の頬を撫でる。
「あのときは強がりを申していた。誠のことを申せば、死にたくない。否、まだ、死にたくない。副長の役に立たぬうちに・・・。みなとともに、戦いきらぬうちに・・・」
「ですが、あなたは死なない。此度も、おれたちは、いえ、あなた自身が、あなた自身の運命をかえた。克服された」
頬を撫でながら、泣きながら、そう呟く。
史実など、くそくらえだ。
史実など、ことごとく覆してやる・・・。
おなじことを、心のなかで唱えつづける。