発見!山崎と鳶
ちらちらと、雪が落ちてくる。
分厚い雲にはばまれ、いまが何時ごろかもわからないが、感覚的には夕刻にちかい気がする。
敵の進軍は、夜になればとまるのであろうか?それとも、大坂城のすぐちかくまで、いっきに押し寄せるのであろうか。
たしか、九日の朝、もぬけのからになった大坂城にやってくるはず。
そこで、幕府の目付妻木頼矩が交渉に入り、その会談の途中で幕府側の残留兵が城に火を放つ。
それにより、大坂城が燃え落ちてしまう。
いや、残留兵は、それ以前から小規模に付け火をおこなう。ド派手におこなうのが、会談の途中である。
くそっ、山崎、どこまでいったんだ?
焦燥が、綱をとおして相棒に伝わるのか、ぐいとひっぱられる感触が・・・。
そのとき、相棒が伏せた。
それは、対象をみつけたときの合図・・・。
進行方向をまっすぐみすえている。耳が、動いている。
「俊春殿っ」
いわずとも、俊春にはわかっている。
五本あるほうの掌で制し、おれたちのまえにでる。
木枯らしが雪を散らす。
まるで桜の花びらのように、雪が舞い散っている。
散る・・・。ゆえに、武士は、桜を嫌う。だが、新撰組の武士たちは、桜が大好きである。
とくに、永倉や原田は・・・。花見酒ができる、というわけである。それをいうなら、真冬には雪見酒だし、秋には月見酒、夏は、暑気払いの酒・・・。
すなわち、年がら年中、「枕草子」的に前向きに解釈し、飲み会を実践している。
ことのほか、春が好きというだけ。
̪試衛館時代から、なにがあっても花見酒をかかさなかったらしい。
それはいわば、かれらにとって神聖不可侵の行事なのだ。
それももうできない。もう二度と・・・。
「鳶だ」
俊春の声でまえをみると、雪が舞い散るなか、人影がみえる。
それは、こちらへゆっくりとちかづいてくる。
ついさっきまでちらほらみかけていた味方の敗走兵の数も、その数をじょじょに減らしてゆき、いまではほぼみなくなっている。
風で舞う雪が瞳に入り、思わず掌でこすってしまう。
瞳に圧がかかり、掌をどけてもぼーっとしてよくみえない。
ようやく、みえるようになる。
鳶は、いまにも倒れてしまいそうなほどふらついている。
なぜなら、山崎に肩を貸し、抱きかかえるようにしてあるいているから・・・。
「伏せろっ」
すぐまえにいる、俊春のつぶやき。
えっ、と思う間もない。
「伏せろっ!」
怒鳴り声は、鳶に向けられたものである。
もっとも、すぐにそうとはわからなかったが。
なにかが、右腕をかすめたような気がする。つづいて、左腕も・・・。
かわいた銃声が、舞い散る雪をも吹き飛ばす。
慌てて両膝を折り、しゃがむ。
舞い散る雪の向こうから、銃を構える一団があらわれた。忽然と、という表現がぴったりなほどのあらわれかたである。
鳶と山崎が倒れている。
さきほどかすめたのは、銃弾である。
両の袂をみる。左右ともに、かすめたあたりに擦過痕がついている。
右、それから左と腕を上げ、くっきりとついた擦過痕をみつめる。
ぞっとする。あと数センチでもずれていれば・・・。
そこで、とんでもないことに思いいたる。
左掌に握っていたはずの綱を、握っていない。
そんな・・・。
頭のなかが真っ白になり、パニック状態になる。
まさか、あの銃隊に向かっていったとか?それとも、驚き、逃げたとか?
いや、訓練を受けた相棒は、銃声にびびることはない。
だとすれば、まさか・・・。