”布団ロス”林の漢気(おとこぎ)
「林先生っ、いったい、どうされたんです?」
おれだけでなく、俊春も驚いている。
「この馬鹿、腹に弾丸喰らったのを、だまってやがった」
苦々しくいう原田。
「いったいどこでなんです?で、大丈夫なんですか?」
林自身は、答える力もないらしい。口角があがりかけたが、あがりきらない。
「伏見でだ。弾丸は貫通してたが、血がですぎたらしい。くそっ、気づいてやれなかったおれのせいだ」
「馬鹿いえ左之、おまえだけじゃない。だれかのせいだっつうんなら、組長三人のせいだ」
永倉のやさしさ、である。
「山崎さんを、探しにゆくのであろう?」
斎藤が、手拭いを差しだしてくる。
端のほうに血がついている。が、比較的きれいな手拭い。
「山崎が林の汗を拭ってやろうとしたときに、あらたな怪我人が運び込まれたらしい。そのあと、急にいなくなったらしい・・・」
島田の説明。
おそらく、その運び込まれた怪我人が、新撰組の隊士で、動けぬ仲間のことを告げられたにちがいない。
「結局、手拭いはつかわんかったので、おまえに渡したい、と。おれが渡してくるといってるのに、この馬鹿、自分で渡したいってききゃしない」
原田は、林の頭を掌ではろうとし、重傷であることを思いだす。
林は、やっと口角をあげる。
林・・・。山崎の捜索にゆく、おれと相棒のために・・・。
「主計、俊春、山崎と隊士たちを頼む」
「すまぬ。おれたちもゆきたいところだが・・・」
永倉、斎藤の心からの言葉・・・。
「ええ、わかっています、永倉先生、斎藤先生。林先生、ありがとうございます。ありがたくつかわせていただきます。ちゃんと布団をきて、まっていてください」
布団ロスの林の肩を、そっと撫でる。
「俊春、兼定は兎も角、正直、主計はなぁってところがある」
「承知しておりますよ、永倉先生」
「主計はなぁって・・・。正直すぎませんか、永倉先生?俊春殿も、承知せずとも」
って、突っ込もうと横を向くと、俊春はとっとと廊下をあるいている。
はやっ!ってか、とっととゆくか?
「いってきます」
「おうっ!まってるからな」
永倉たちにみ送られ、慌てて俊春を追いかける。
既視感か?
いや、リアルにおんなじシチュエーション。
さっきとおんなじところに相棒を繋いでいて、そのまえにまた榎本が胡坐をかいている。
ちがうのは、俊春がいて、相棒の綱を杭からはずしていること。
「上様は不在だという。どこにいったのか、老中の馬鹿どもはわからんといいやがる。わざわざ会いにきたってのに、これじゃぁ、おいらのほうが馬鹿だってこったな」
ちかづくと、相棒にか俊春にか、愚痴っている。
「しょうがねぇ。艦に戻って沙汰をまつか・・・」
「釜次郎殿、そのあなたの艦、出港したらしいですぞ」
俊春が、心底気の毒そうにいう。
「なんだって?かような馬鹿なことがあるか」
はじかれたように相貌を上げる。
カイゼル髭が、ぴこんぴこんと跳ねる。
「まだ公になっておらぬようなので、ご承知おきいただきたいのですが・・・」
迷ったが、あまりにも気の毒すぎて伝えることにする。
榎本にちかづき、周囲に人がいないことをたしかめてから、小声で告げる。
「上様は、あなたの「開陽丸」で江戸へ。すでに、天保山を出港していると思います」
急に立ち上がるものだから、油ギッシュな頭で頭突きを喰らうところであった。
上半身をのけ反らせ、すんでのところで回避する。
「澤のやつは、いってぇなにをやってやがる?」
「上様に命じられれば、従うよりほかありますまい。いかに、艦上では艦長が最一等と申せ、「榎本より、伝言だ」などと申されれば、たとえそれが嘘とわかっていても、逆らえぬでしょう」
俊春の、至極まっとうな推測。
相棒の綱を、かれから受け取る。
榎本の驚愕の表情を、面白がって見上げている相棒。
そのまえに、膝をおる。
「相棒、任務だ」
マジな表情を心がける。
林から託されたのち、懐紙で包んでおいた山崎の手拭い。それを、相棒の眼前でひらめかせる。
「山崎先生と、鳶さんの捜索をおこなう。複数の生命がかかってる。頼むぞ」
相棒の表情が、瞬時にかわる。
手拭いを嗅がせ、準備万端。
「榎本艦長、急ぎますゆえ、これにて失礼いたします」
「釜次郎殿、心中お察しいたす」
「Don’t worry. Be happy.」
榎本艦長のために心中で口ずさみながら、臭跡を開始した。