「ながあああああああああい、お付き合い」のはじまり
「兼定です」
「ほう・・・。刀か?なるほど、たしかに、鋭そうだ」
榎本は、相棒に視線を戻しつつ、うんうんと頷く。
(名付けた理由は、そこじゃないんですー)
まさか、副長ファンで、その佩刀からとった、なんてこと・・・。
それこそ、副長にBLチックな感情を抱いていると、勘違いされてしまう。
つい先日、ああ、あれはつい先日だったのか、ずいぶんとまえのように思えるが・・・。
兎に角、伊庭のこともある。これ以上、腐隊士と思われるのは、遺憾である。
「やだー、とっくの昔にバレバレじゃん、と申しておる」
「ホワァァァァァァット!」
耳に囁かれ、思わず、英語圏のどこかの国の政治家みたいに叫んでしまう。
「な、なんで女子高生口調なんだ、相棒っ?」
そこじゃない、とわかっていながら、そうやりかえさずにはいられない。
「やだー、バレバレじゃん。やだー、バレバレじゃん」
無表情で繰り返す、相棒の代弁者俊春。
な、なんか怖い・・・。
兎に角、そんなことよりも、榎本の勘違いを訂正すべきか?それとも、榎本がそれでいいのなら、それでいいのか?
「あんた、いってぇだれだ?おれたちは、急いでる。付き合ってる暇はねぇんだがな」
そんなおれの葛藤などおかまいなしに、またしてもイラチの副長の横槍。
「局長、副長、この御方は、幕府軍艦頭にして「開陽丸」の艦長榎本武揚殿でございます」
俊冬は、なりゆき上仕方ないっぽい雰囲気を醸しだし、紹介する。
「釜次郎殿、こちらは新選組局長近藤勇殿、副長の土方歳三殿、二番組組長の永倉新八殿、三番組組長の斎藤一殿、十番組組長原田左之助殿」
メンバー紹介に、榎本は勢いよく立ち上がり、こちらに向き直る。
「犬は、さきほど紹介のあった兼定・・・。それから・・・」
俊冬の視線が、ひととおり巡り、おれにとまる。
しれず姿勢を正し、紹介をまつ。
「以上っ!」
ピシャッと音がしそうなほど、きっぱりとしめくくる俊冬。
「ちょっ、なにゆえ?なにゆえ、おれは紹介してくれぬのです?」
イジメだ。これは、ごまかしも抗弁もできないほどはっきりしている職場内のイジメ。
こんなイジメ、あっていいものか?
倫理委員に訴えねば・・・。コンプライアンス室に駆け込まねば・・・。
気に病み、体調不良から退職、あるいは、悲観して・・・。という事態に陥ってはいけない。絶対にいけない。絶対に・・・。
そんな想い、訴えも、新撰組では無用の長物。
プッと、一番最初にふきだしたのは、斎藤である。それを合図に、みな、大笑いしはじめる。局長、それから副長も。
みな、涙をながし、笑っている。
ひさしぶりにみる笑顔・・・。
イジメられて、いじられて笑いをとる。ビミョーな感じである。
「新撰組の役立たず隊士、相馬主計です」
こうなったら、自虐ネタを炸裂させるしかない。
みずから自己紹介しつつ、榎本に掌を差し伸べ握手を求める。
「おお?あ、ああ、ああ・・・。榎本武揚。釜次郎って呼んでくれ。主計さんよ」
榎本は、握手をしつつあきらかひいている。
その鼻の下で、カイゼル髭がぴこんぴこんと踊っている。
「あの・・・。上様に謁見されるのでしたら、「開陽丸」に戻られたほうが・・・」
いいかけたおれの襟首が、むんずと掴まれる。うしろを向く間もない。そのまま、まるで漫画みたいにひきずられてゆく。
「榎本殿、しからば御免。そのうちまた、酒でも」
空をみあげた恰好でひきずられつつ、局長の大音声をきく。
「おいおい、せっかちな連中だなぁ」
江戸っ子の呆れかえったような声も・・・。
さすがに、数メートルでひきずられ状態から解放される。
「まったく、相手にすんじゃねぇ」
ひきずりまわしてくれたのは、副長である。
肩を並べると、そんな憎まれ口をたたいてくる。
「ああいうお調子者は、油断ならねぇ・・・」
「え?ご存じだったのですか?」
へーっと思いつつ確認する。
「なわけないだろうが、ええ?」
「はぁ?知り合いでもないのに、なにゆえそこまで?」
驚きである。
「ああいう西洋かぶれの、これみよがしに洒落者ぶってるやつぁ、ろくな奴じゃねぇ」
「はい?」
副長の「気にいらねぇ」センサーに、ひっかかってしまったと?
いかなるものでもキャッチしてしまう、優秀なセンサーに?
もっとも、どういう基準かは不明である。
(副長、榎本さんとは、「ながあああああああああい、お付き合い」、になるんです。邪険にしないほうが、いいと思いますが・・・)
京都の地銀、「京O銀行」のCMのフレーズを、心中で叫んでみる。
ああ、これも「YOUTUBE」で視聴可能である。
「ああ?なんだと?」
心の叫びは、さすがの副長でもきこえぬらしい。
かれらの腐れ縁のはじまりは、はじまったばかりである。