「局長バンバン」
城内のいたるところに、負傷者が並べられている。
幕府や会津や桑名、といったお抱え医師たちが、てんやわんやで治療にあたっている。
治療の甲斐なく、あるいは、間に合わず、亡くなる者もすくなくない。
そのまえを通るたび、申し訳なく思ってしまう。
こうなることがわかっていながら、とめる術もなく、こうして五体満足にあるき、みおろしている自分が、心底情けなくなる。
歴史の流れをかえることなど、できるわけもない。
坂本やおねぇといった、個人的な問題ではない。戦、という大局。いくら未来がわかっていようと、そのものをなくすことなど、できるわけもない。
これは、ただのいいわけなのか・・・。
「おおおおおっ、みなっ、無事かっ?」
局長の超絶歓喜の声が、廊下に響き渡る。
局長は、城の大手門でまってくれていたらしい。
京よりぞくぞくと舞い込む凶報。それにつづき、運び込まれる戦傷者。
ときをおかずして、敗残兵が絶える間もなく到着する。
それをみ、いても立ってもいられなくなったにちがいない。
豊後橋から舟で運びこまれた新撰組の負傷者から、おれたちも大坂城へと退く旨もきいたであろう。
ゆえに、みずから大手門に立ち、出迎えようと・・・。
局長に会えたのは、割り当てられたちいさな部屋のまえである。
通常は、登城する人の付き人の控室らしい。
その部屋に、入ろうとしたときのことである。
双子が機転をきかせ、探しにいって連れてきてくれたのである。
局長は、だれかれかまわず、肩やら頭やら体を叩きまくる。
いつもなら、その荒っぽい「局長バンバン」を受け止める隊士たちも、いまは立っているだけがやっとである。
ふらつき、そのまま廊下に倒れたり、壁や障子に叩きつけられたりと、ここにきて致命傷を負ってしまったっぽい。
だが、みな、嬉しそうである。ふらつきながら、笑顔で局長に挨拶する。
それから、そのちいさな部屋に入る。
そこに詰め込まれると、隊士たちは力尽き、柱や壁、障子や襖にもたれ、座ったまま落ちてしまう。
狭すぎて、子ども一人すら寝転ぶことができない。
「副長、負傷者をみてまわってきます」
医療担当も兼任している山崎は、欠伸を噛み殺している。
「ならば、わたしたちもまいりましょう。なにか、お手伝いできるかと」
ここまで荷駄を曳いてくれた「豊玉」と「宗匠」を厩へ連れてゆき、装具をはずし、飼葉をやってきた久吉と鳶が、申しでる。
馬フェチの安富は、ともに眠るといい、厩にいるという。
山崎は逡巡したようだが、口角をあげ、二人の肩を叩く。
「疲れているだろうに・・・。すまぬ。助かるよ」
それから、局長と副長に一礼すると、大広間のほうへと去ってゆく。
「無理しやがって。あいつも、疲弊しきってるだろうに・・・」
副長の呟き。
それから、ちいさく深呼吸する。
さきほどから、局長がなにかいいたそうにしているのがわかっていて、それに応対しようということか。
「局長・・・」
「土方君、いや、歳っ、源さんは?源さんは、どうした?ああ、はやくも幕臣との折衝か・・・」
「かっちゃん、いいからきいてくれ・・・」
副長は、局長のいいほうの肩をつかむと、相貌をちかづけ囁く。
「ここじゃぁなんだ・・・」
「副長、さきほど通りかかった石垣のあたりでしたら、だれもこぬかと」
俊冬の提案にしたがい、だれもが無言のままあゆみだす。
永倉も原田も斎藤も、双眸を真っ赤にはらしている。
もちろん、おれもおなじように真っ赤になっている。
相棒をまたせている通用門をとおりかかると、榎本が、相棒のまんまえで胡坐をかいている。
せっかくの軍服が、土にまみれるのもかまわず。
相棒は、我慢強く榎本とにらめっこをしている。
「釜次郎殿、かようなところでなにをされておいでです?」
俊冬が、声をかける。
榎本は、掌をひらひらさせながら応じる。
「この狼、なかなか肝がすわってるじゃねぇか」
「狼ではありませんよ、榎本艦長」
一瞬、敬称を迷ったが、とりあえず艦長といっておく。
「犬です。ドイツの犬です」
「なんと。そういえば、異国で似たような犬をみかけた気がするな」
オランダであろうか。かれの留学先である。
オランダ原産の犬種も、数種類ある。
たしか、シェパード系、ウルフドッグ系がいるはず。
が、どちらも、もうすこしあとに交配されたかと記憶している。
とはいえ、より狼にちかい犬がいたであろう。
いや、いっそ狼か。
「いやいや、毛玉みたいな犬より、よほどいい」
でたーっ、毛玉。
永井といい、榎本といい、モフモフ系はすべて毛玉に相当するのか?
「おめぇの犬かい?名は?」
榎本が、視線を向けてくる。
雲間から、太陽があらわれた。ささやかな筋状の光が、地上を射す。
榎本の油ギッシュな頭髪が、てかてかしている。
ついでに、これぞ「カイゼル髭」、と熱くいってしまいたいほど立派な髭も。
マッチをすってかれに放り投げたら、「人間火の玉」化しそうである。