きたーっ!海の大将 釜次郎
全員が、それをみ上げる。
曇天をバックに、海軍服姿の軍人がみおろしている。
その笑顔は、あまりにも場違いすぎて、張りつめていた緊張をといてくれる。
雲の切れ間から、太陽が顔をのぞかせた。
ささやかな陽光が幾つもの筋となり、地上に投げかけられる。
その光線のなか、頭髪、口髭が油ギッシュにテカテカしている。
立派なカイゼル髭。整った顔立ち。江戸の言葉。洋装の軍服。
web上でみた、写真のまんまである。
榎本武揚。通称釜次郎。
幕府軍艦頭にして、「開陽丸」の艦長。
副長とともに、蝦夷で函館政権、蝦夷共和国なるものを立ち上げ、総裁になる。
新政府軍との戦いののちは、明治政府で活躍、メキシコ植民でも多大な貢献をしている。
蘭方医松本良順の義理の甥にあたり、その義理の叔父とともに、ガチ江戸っ子だといわれている。
「誠?おおっ、噂にきく新撰組かい?」
旗役の尾関雅次郎の掲げる、「誠」のデザインの隊旗が、瞳にとまったのであろう。
榎本は、うれしそうにきいてくる。
「釜次郎殿ではありませぬか?」
俊冬がみあげ、四本しか指のない掌を振る。
はあ?またしても知り合い?
双子、どんだけネットワークをもってるんだ?
「なんだ、まったく似てねぇ双子じゃねぇか?なんで、こんなとこにいやがる?」
「まったく似てない双子」、といういいぐさに、子どもたちが笑顔になる。
泰助たちも、いまは瞳をさましている。合流したほかの子らとともに、自分の脚であるいている。
「われらは、新撰組につかっていただいております」
「なんだって?おめぇら、いいのかい?上様が・・・」
「釜次郎殿っ、われらのことより、かようなところでなにをされておいでです?艦は?」
俊冬は、榎本にかぶせて逆に問う。
上様の懐刀的な存在であることを、みなにしられたくないのであろう。
「せっかく海戦を制したってのに、陸が大変だってきいてな。いてもたってもいられなくなっちまった。「開陽丸」は、天保山に停泊してらぁ。澤に任せてる。でっ、おいらはこうしてやってきたが、右も左もわからねぇ。気がついたら、かような人っ気のねぇところにいてよ。で、おめぇらに会ったってわけだ」
澤とは、澤太郎左衛門。榎本の副官である。オランダ留学、そこからの「開陽丸」の副艦長と、人生のほとんどを榎本とすごしていそうな経歴の持ち主である。
それはそうと、榎本の言葉のなかの「かいせん」・・・。
一瞬、海鮮が脳裏をよぎる。腹の虫が、地味に鳴っている。
伏見奉行所で立ち喰いした、子どもらメイドのおにぎり一個。ずいぶんと以前のことのように感じられる。
「迷子だ」
「うん。いい大人なのに、迷ってる」
「異人さんの着物を着てるのに、迷ってる」
子どもらは幕府の軍艦頭をみあげ、あいかわらず忌憚のない発言をする。
「やめないか。あの方は、えらい方なんだ。迷ってても、おおきな軍艦の艦長なんだぞ」
思わず、小声で注意してしまう。
が、腹がへりすぎてて思考力ゼロ。しかも、声量の調整もうまくできなかったようだ。
「くそっ!海と陸では、勝手がちがう。羅針盤さえありゃ、陸でも怖いものねぇ」
榎本は、舌打ちしながら愚痴りはじめる。
「おれたちは、疲れきってる。かようなところで、ちんたらしたくねぇ。きたけりゃ、いっしょにくりゃいい。山崎っ」
イラチの副長らしい。そう怒鳴ると、山崎とおれたちを促し、さっさとあるきだす。
もう一度、石垣をみあげる。
榎本が、にやにやしている。
その視線はたしかに、先頭の副長へ向けられている。
なにこれ?ちょっとヤバイ系か?ツンデレ好きとか?
またしても、強烈なキャラのご登場なのか?
違う意味で、嵐の予感がする・・・。