誠の寒桜
副長の背にいる泰助、俊春の背にいる市村、俊冬の背にいる田村・・・。
三人とも、それぞれの背で寝息をたて、すっかり眠ってしまっている。
戦、死・・・。
たった一日で、いろんなことがありすぎた。
子どもらだけではない。おれたちもへとへとである。
だが、おれたちがへばってしまうわけにはいかない。
大坂まで、脚をうごかしつづけなければ・・・。
「俊冬、礼をいう」
う
永倉に泰助を任せ、副長はこり固まった腕やら肩やらをストレッチしながら、かぎりなくちいさな声でいう。
もちろん、脚は競歩なみにはやく動かしている。
俊冬は、無言である。
それこそ、八面六臂の活躍の双子である。
一瞬、副長がそのどの活躍に礼をいっているのか、わからないのかと思った。
が、かれのこと。副長の礼の内容をちゃんとわかっているにもかかわらず、応じたくないに違いない。
「泰助や餓鬼どもは、源さんがはなばなしく散ったと、ほかの餓鬼や隊士たちに語ってきかせるだろう。おめぇらも、そのつもりでいてくれ」
脚を動かしながら、副長がポツリと言う。
「連中は、倒れ動けぬ井上先生を、武士の情けでらくにしてやるどころか、銃の的にしようと・・・。わたしのこの軍服は、士官級のものです。連中は、ちかづくわたしをみ、自身らの上官と勘違いしたようです」
俊冬が、真実を語りはじめる。
子どもたち用の美化された最期ではなく、誠にあったことを・・・。
「二十名。おろかな人どもです。問いました。「敵じゃっどん、ないごて辱めようとすっとな」、と。わたしの薩摩言葉がまずく、通じなかったのか、連中は鼻で笑いました。一人が答えました。「さきほどん逆賊どもとおなじじゃ。あっさり倒れたで、撃ちたりもはん。練習んために、的がわりにしようとしただけじゃ。それのどこが、悪かとやろうか」、と」
俊冬の声音は、いつもと違う。悲しみと憎しみがないまぜになったような、それでいて、無機質っぽさも感じられる。
「おろかな人間どもです」
その強調された一語に、違和感を覚える。
人間・・・。双子は、どうしていつもこの一語にこだわるのか・・・?
「井上先生を地に横たえさせ、連中を整列させました。愚かなのは、人間でないわたしも同様。地に横たわる井上先生が、心中で「やめよ」、とおっしゃっている。だが、わたしは、それを無視しました」
闇と静寂。星々も、雲に隠れてしまっている。
夜目がきくとはいえ、これほどの暗さでは、もはやここがどこかもわからない。
仲間たちのシルエット。シルエットが、これほど安堵させてくれるとは。
「さきほど答えたその兵士の頸をつかみ、地より浮かせつつ、さらに問いました。「おまえたちには、人間の心が、武士の精神がないのか」、と。つい、薩摩言葉をつかうのを忘れてしまいましたが。が、答えはありませぬ。頸が折れていたからです。掌をはなすと、その兵士は地に落ちました」
なんの感情もこもらぬ声音。書か文を、棒読みしているみたいに淡々と語る。
みなの表情がわかるわけもない。息遣いさえ、きこえてこない。それではじめて、自分も息を呑み、することを忘れていることに気がつく。
「背を向け、逃げ惑う兵士たちに追いすがり、頸をつかみ、ただ握りつぶしました。人間が、これほど脆いとは・・・」
喉を鳴らすような笑声がつづく。
「先生の遺言は、言の葉によるものではなく、心中をよみました。先生は、もはや言の葉を紡ぐ力もありませんでした」
「それから、とどめをさしたのか?心の臓を貫いたか?体躯ごと運んでくるなんざ、おめぇらしくて笑っちまう」
副長である。笑おうとしたのであろうが、嗚咽にしかきこえない。
返答はない。ただ、俊冬のすすり泣く声だけが、凍てつく寒気にまとわりつく。
どれだけつらかっただろう。
井上の瞳をみながら、「関の孫六」で心臓を刺したのか。それとも、もはや瞼をひらける力もなく、横たわったままのところを刺し貫いたのか・・・。
おれにはできない。絶対に。ただ成す術もなく、苦しみながら息絶えるのを、見護っていたはず。
俊冬だから、それができたわけじゃない。副長や永倉、原田に斎藤だってできたはず。
誠の死というものを、誠の覚悟というものを、誠の思いやりというものを、しらないがゆえに、できない。
「俊冬、俊春、よくきけ。おめぇらは、おれの、おれたちの仲間だ。そして、おめぇらの行動のすべて、おれが責を負う。おめぇらの精神も含めて、な」
雲が切れたのか、月光とともに、星々のあ明かりも落ちてくる。
闇が終息し、光明をみるような錯覚を抱く。
全員の、涙に濡れた相貌・・・。
「源さんは、おれたち全員に「生きよ」、と遺した。それを、忘れるな。ゆくぞっ」
副長は、視線を全員にはしらせる。そして、山崎だけそれをながくとめる。
また、脚を動かしはじめる。
先行している島田らに追いついたのは、夜が明けた時分である。