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桜の散り場所

 わずかに鉄くさいにおいがし、それ以上に死臭が体にまとわりつく。


 このあたりは、なんという地名だったか?まだ、千両松のてまえのはず。



 大正期、このあたりにできる京都競馬場は、もともと湿地帯であった。建設の際、畳を敷き詰め地固めしたらしい。


 昼間だったら、あるいは、もうすこし明るければ、淀城がみえたであろうか。


 わずかな星明りの下、いまみえるのは無数の死体。

 その死体が軍服をまとい、とんがり帽子をかぶっているのがうかがえる。


 薩摩兵・・・。


 井上が、最期に戦った相手・・・。


 先行した俊春が、道の脇に両膝を折って掌を合わせているが、相貌かおをこちらへと向ける。


「井上先生は、これにて・・・」


 俊春は、つぶやくようにいう。


 かれの特殊な感覚は、井上がこと切れた場所まで正確にわかるというのか・・・。


 俊春が確認するかのごとく、俊冬へと視線を向ける。

 その俊冬は、無言のまま弟の横に両膝を折る。


 わずかな月明かりでも、地面に血が落ちているのがわかる。が、それは驚くほどの量ではない。


 副長は泰助を背からおろし、おなじように膝を折る。


 全員が無言のうちに掌を合わせ、冥福を祈る。



 泰助だけがまだ、井上が死んだ場所で掌を合わせている。


「なにゆえ、背を向けている?」


 その問いを投げたのは、敵兵の遺体をみてまわっている斎藤である。


 一番ちかくに横たわっている遺体に、ちかづいてみる。この遺体も、井上の倒れていた場所から背を向けた恰好でこと切れている。


 周囲を、みまわしてみる。

 なるほど、斎藤のいうとおり、そのほとんどがおなじ方向を向き、うつぶせで倒れている。


 あらためてみる。外傷がみあたらない。出血していない。腹側にあるのか・・・?


 頚に掌をそえてみる。

 折られている・・・。


 さらに、ちかくにある遺体をあらためる。こちらも、うつぶせに倒れている。


 この遺体も、頚をへし折られている・・・。


 一瞬、俊春がやったのかと思った。が、死後硬直がはじまっているので、かれではない。


「手負いの井上先生に迫る、兵士一人の頚を握りつぶしました。さすれば、ほかの兵士がいっせいに背を向け、逃げだしたのです。ほかの隊に、しられるまえに・・・」


「全員の頚を・・・?」

 斎藤は、俊冬の淡々とした答えに絶句している。


 かれだけではない。俊春をのぞき、全員が言葉もない。


「井上先生は、最期まで白刃をふりかざし、一歩もひかず・・・」


 俊冬は、おれたちの様子に気が付いているはずなのに、それをスルーし、井上の最期を語りつづける。


「兄上・・・」


 地に両膝をつけ、泰助に寄り添う俊春が、泣きそうな表情かおで俊冬をみつめている。


「泰助、もう充分だろう?あとは、おめぇが戻って親族にしっかり伝えるんだ。胸をはり、叔父上の立派な最期をな・・・。そろそろゆくぞっ」


 副長は泰助にちかづくと、まだ掌を合わせている掌首をつかむ。無理矢理立たせると、また背に負う。


「鉄と銀も、だれか背負ってやれ。餓鬼どもは、もう限界だ」


「あぁそうだな、土方さん。ならば、おれが」

「おうっ、おれも」


 永倉と原田が志願する。が、それよりはやく、双子がさっさと子どもらを背に負う。


「限界は、先生方もご同様。二人は、われらで。泰助を、交代でおぶってください」


「なにいってやがる、俊冬?おまえらが、だれよりも働いて・・・」


 永倉は、そこではっとしたように口をつぐんでしまった。


 俊冬から、そうさせるだけのオーラがでているから・・・。



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