表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

373/1255

一枚上手

「泣くな、おめぇら。源さんだって、しめっぽいのはいやなはずだ。まずは、源さんの死に場所にいき、先行してる連中に追いつく。泰助、おぶってやる。泣きたかったら、おれの背で泣け。兼定の毛が、涙と鼻水とよだれで、ぐちゃぐちゃじゃねぇか・・・」


 みながとめる間もない。


 副長は泰助の腕を荒っぽくつかむと、相棒から引きはなしてしまう。そして、泰助がいやがるのを、無理に背に負う。


 とっととあるきだす副長。


 おれたちも泣きながら、互いの相貌かおをみ合わせ、慌てて追いかけようとする。



「主計、主計、死ぬのは、わたしもか?」


 そのとき、うしろから山崎が肩を掴んでくる。


 その涙声で、大人も子どももあゆみをとめる。


「山崎っ、いらぬこといってんじゃねぇ。急げっ」


 すでにあるきだしている副長が、厳しいまでの口調で怒鳴りちらす。


「副長、まってください。わたしは、主計に問うています。ここにわたしがいることが、わたしの運命さだめに関係しているのでしたら、どうかやめてください。わたしのために、副長やみなを危ないめにあわせるわけにはまいりませぬ。ましてや、自身の意思に反し、悪鬼のごとくふるまうことも・・・」


 山崎は、すばやくまえにまわると立ちはだかる。

 答えるまで、てこでも動くものかという勢いで迫ってくる。


 山崎の向こうで、子どもらがびっくりした表情かおで、こちらをみている。


 市村と田村の間で、相棒もこちらをみている。


 山崎越しに、副長と視線があう。


「山崎先生、あなたは死ぬわけではありません。撃たれ、大坂に残るのです。副長は、あなたにずっと傍にいてほしい、と。ゆえに、撃たれぬよう、あなたを同道させ・・・」

「主計、おぬし、誠に間者をやっていたのか?表情かおに、嘘だとはっきりでておるぞ」


 山崎は、苦笑しつついう。


 なにぃ?

 井上といい、かれといい、なにゆえ、おれの表情を見破れるのか?


 おかしい。現役の時分ころ、任務遂行中はあらゆる表情を消し、あるいは、そのシチュエーションに合わせ、味と深みのある名俳優のごとく演技をしていたというのに・・・。


 それとも、昔よりいまのほうが、感情が豊かになっているのか?すっかり鈍ってしまっているのか?


 内心の動揺で、さらに表情かおにそれがでてしまったにちがいない。


「やはり、な。おぬし、根は馬鹿正直なのだ。はっきり申して、間者にはむいておらぬ」


 くそっ、ひっかかった。


 最初は、でてなかった。いまの言葉に動揺したことで、露呈してしまった。


 山崎のほうが、一枚上手というわけである。


「山崎っ、いいかげんにしやがれっ!」


 副長が、ついにきれる。


「山崎、これ以上、おれたちを苦しめてくれるな。仲間がどうかなっちまうのを、みせてくれるな」


 原田は山崎にちかづくと、ながい腕をその頸にからませる。


「ああ、左之さんの申すとおり。あんたの生命いのちは、あんただけのものではない。あんたは、あんただけのことを考えていればいい、というわけではない」


 斎藤は、爽やかな笑みとはほど遠い、ひきつった笑みで力説する。


「まったく・・・。主計のやつが、いらんこというからだ。山崎、気にすんな。おまえは死なん。ここにおれたちがいるのは、おまえの生命いのちだけを護るってわけじゃない。おれたちが護らなきゃならんのは、いんちき剣士だ。おっと、わっぱどももな」


「まちやがれ、新八っ!そのいんちき剣士たぁ、だれのこった」

「ちょっとまってください、永倉先生っ!いらんことって、おれはなにもいってません」


 副長と、反論がかぶる。


 山崎が変な気をおこさなければ、どう思われようといわれようと、いっこうにかまわない。

 副長も同様であろう。


 そして、永倉もそのつもりでいっている。


 そのとき、相棒の耳が動き、鼻が上へ向く。


 背後、伏見の方角から、複数の気配を感じる。


 まさか敵が、引き返してきた?それとも、追撃隊か?


 この人数、いくらだれかさんをのぞいて手練ばかり、といってもかぎりがある。

 あっ、手練ばかりというところで、自分も含めてる。

 まぁ、いっか。


 兎も角、山崎の死を論じていて、いまここで全員が死んでしまったら、それこそ、「ダサッ」である。


 冷汗が、背を伝う。


 それは、この真冬の寒さ以上に冷えきっている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ