一枚上手
「泣くな、おめぇら。源さんだって、しめっぽいのはいやなはずだ。まずは、源さんの死に場所にいき、先行してる連中に追いつく。泰助、おぶってやる。泣きたかったら、おれの背で泣け。兼定の毛が、涙と鼻水とよだれで、ぐちゃぐちゃじゃねぇか・・・」
みながとめる間もない。
副長は泰助の腕を荒っぽくつかむと、相棒から引きはなしてしまう。そして、泰助がいやがるのを、無理に背に負う。
とっととあるきだす副長。
おれたちも泣きながら、互いの相貌をみ合わせ、慌てて追いかけようとする。
「主計、主計、死ぬのは、わたしもか?」
そのとき、うしろから山崎が肩を掴んでくる。
その涙声で、大人も子どももあゆみをとめる。
「山崎っ、いらぬこといってんじゃねぇ。急げっ」
すでにあるきだしている副長が、厳しいまでの口調で怒鳴りちらす。
「副長、まってください。わたしは、主計に問うています。ここにわたしがいることが、わたしの運命に関係しているのでしたら、どうかやめてください。わたしのために、副長やみなを危ないめにあわせるわけにはまいりませぬ。ましてや、自身の意思に反し、悪鬼のごとくふるまうことも・・・」
山崎は、すばやくまえにまわると立ちはだかる。
答えるまで、てこでも動くものかという勢いで迫ってくる。
山崎の向こうで、子どもらがびっくりした表情で、こちらをみている。
市村と田村の間で、相棒もこちらをみている。
山崎越しに、副長と視線があう。
「山崎先生、あなたは死ぬわけではありません。撃たれ、大坂に残るのです。副長は、あなたにずっと傍にいてほしい、と。ゆえに、撃たれぬよう、あなたを同道させ・・・」
「主計、おぬし、誠に間者をやっていたのか?表情に、嘘だとはっきりでておるぞ」
山崎は、苦笑しつついう。
なにぃ?
井上といい、かれといい、なにゆえ、おれの表情を見破れるのか?
おかしい。現役の時分、任務遂行中はあらゆる表情を消し、あるいは、そのシチュエーションに合わせ、味と深みのある名俳優のごとく演技をしていたというのに・・・。
それとも、昔よりいまのほうが、感情が豊かになっているのか?すっかり鈍ってしまっているのか?
内心の動揺で、さらに表情にそれがでてしまったにちがいない。
「やはり、な。おぬし、根は馬鹿正直なのだ。はっきり申して、間者にはむいておらぬ」
くそっ、ひっかかった。
最初は、でてなかった。いまの言葉に動揺したことで、露呈してしまった。
山崎のほうが、一枚上手というわけである。
「山崎っ、いいかげんにしやがれっ!」
副長が、ついにきれる。
「山崎、これ以上、おれたちを苦しめてくれるな。仲間がどうかなっちまうのを、みせてくれるな」
原田は山崎にちかづくと、ながい腕をその頸にからませる。
「ああ、左之さんの申すとおり。あんたの生命は、あんただけのものではない。あんたは、あんただけのことを考えていればいい、というわけではない」
斎藤は、爽やかな笑みとはほど遠い、ひきつった笑みで力説する。
「まったく・・・。主計のやつが、いらんこというからだ。山崎、気にすんな。おまえは死なん。ここにおれたちがいるのは、おまえの生命だけを護るってわけじゃない。おれたちが護らなきゃならんのは、いんちき剣士だ。おっと、童どももな」
「まちやがれ、新八っ!そのいんちき剣士たぁ、だれのこった」
「ちょっとまってください、永倉先生っ!いらんことって、おれはなにもいってません」
副長と、反論がかぶる。
山崎が変な気をおこさなければ、どう思われようといわれようと、いっこうにかまわない。
副長も同様であろう。
そして、永倉もそのつもりでいっている。
そのとき、相棒の耳が動き、鼻が上へ向く。
背後、伏見の方角から、複数の気配を感じる。
まさか敵が、引き返してきた?それとも、追撃隊か?
この人数、いくらだれかさんをのぞいて手練ばかり、といってもかぎりがある。
あっ、手練ばかりというところで、自分も含めてる。
まぁ、いっか。
兎も角、山崎の死を論じていて、いまここで全員が死んでしまったら、それこそ、「ダサッ」である。
冷汗が、背を伝う。
それは、この真冬の寒さ以上に冷えきっている。