表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

371/1255

生存説

 俊春の体の傷については、なにも問わないでおく。


 異世界転生か異国かで、傭兵でもやってたんだろう。


 心理状態についても同様である。


 きける雰囲気ではない。


 なにもきいてくれるな。

 ふれてくれるな的なオーラが、でまくっているから。



 豊後橋は、現在の観月橋である。


 いまの観月橋ができたのは、1975年だったか?二階建ての構造になっている。

 幕末期には、豊後橋と呼ばれている。そして、この鳥羽伏見の戦で、焼け落ちるのである。



 あたりはすっかり暗くなっている。

 耳をすましても、戦の音は遠くにもちかくにもきこえてこない。


 ささやかな星あかり。そこかしこに、硝煙がたちのぼっているのがかろうじてみえる。


 いろんなものが焼けたのあとのにおい。


 そして、血と死のにおい。


 鼻が麻痺してしまっている。そして、自分自身の感覚も・・・。


 宇治川の土手のシルエットがみえる。


 そのとき、左すぐうしろにいる相棒、横にいる俊春が反応する。


「副長たちのようだ」


 俊春の指先が、前方をさす。すると、闇のなかから人影が幾つか浮かび上がる。こちらへ、向かってくる。


「無事、怪我人を舟にのせることができたんですね」


 俊春にいったつもりだが、かれは無言のままなにもかえしてこない。


 不安になってしまう。



「主計・・・」


 俊春が肩を掴んでくるので、あゆみをとめる。

 その掌が、震えていることに気がつく。


 ますます不安になる。


 月は、でていない。雲にかくれている。星々だけである。それでも、現代にくらべれば、だれがいるのかはわかるほどの明るさはある。


 先頭に、副長と山崎が肩を並べている。

 山崎は、しっかりと自分の脚であるいている。


 ほっとする。心から、ほっとする。


 そういえば、山崎には生存説がない。あるのかもしれないが、web上でもお目にかかったことがない。


 銃で撃たれたのち、富士山丸で江戸へ向かう途中、紀州沖で亡くなって水葬されたという説、大坂で亡くなったという説、どこで死んだかすらはっきりしていない。


 原田のように、単独行動の上で死んだというのなら、不明であってもおかしくないであろう。だが、山崎の場合、みんないたのである。


 それなのに、どこで死んだのかわからないとか、ありえない。


 そんなことを考えていると、かすかなすすり泣く声がきこえてくるのに気がつく。


 しかも、複数・・・。


 左側で、相棒が「くーん」と悲しげな鳴き声をあげる。

 そのあまりにも悲しげな声に、副長と山崎のうしろにつづく者たちを確認してしまう。


 永倉、原田、市村に田村に泰助・・・。


 井上がいない。いや、先行した俊冬も・・・。


 すすり泣きは、子どもたちである。泰助を真ん中にはさみ、市村と田村が泣きながら、やはり泣いている泰助に話しかけている。


「副長・・・」


 近間に入る手前あたりで、声をかける。


 肩にある俊春の掌は、いまだ力がこもったままである。

 その冷たさが、着物をとおしてでも感じられる。


 兄とおなじく、冷え性に違いない。


「くーん」


 相棒が、また悲しげな声でなく。みおろすと、相棒がみあげている。

 頷くよりもわずかにはやく、相棒はとことこと子どもらに向かってゆく。そして、泰助のまえまでゆくと、そこにお座りする。


 その瞬間、泰助が相棒に抱きつきわんわん泣きだす。


 それが引き金になったのか、永倉も原田も斎藤も山崎も、泣きだした。声を殺すことなく、男泣きする。


 副長に、視線を戻す。


「くそっ・・・。すまねぇ・・・」


 毒づき、謝る副長・・・。

 それから、すらりとした指先を目頭にあて、すすり泣く。


「なんでだ?くそっ!なんで・・・」


 幾度も幾度も呟く原田・・・。



 俊冬は、薩摩の軍服を活用し、舟と、それを操る船頭を手配した。


 怪我人を連れ、豊後橋に向かっている途中、淀のほうから引き揚げてきたであろう敵の部隊に遭遇した。


 俊冬がいれば、どうにかなったであろうか?


 永倉、原田、斎藤が、殿しんがりを引き受けるというのを、井上がそれをかってでたらしい。


 反対する三人。無理にきまっている。三人でも、うまくやりすごせるかどうかわからぬ状況で、ただ一人、井上が防ぎきることなど、無茶ぶりもいいところだ。


 だが、井上は一人残った。


 副長が許可し、命じたからである。



 豊後橋で舟とともにまっていた俊冬は、それをきくなり助けにはしった。


 そして、副長らが怪我人をどうにか舟にのせ、それをみ送った時分ころ、俊冬が戻ってきた。


 井上の遺体を、背に負い・・・。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ