第二の刺客
伊東は、新撰組が危険分子であると、薩摩藩にしきりにといているらしい。
このまえ、藤堂は、そのことをしらせにきてくれたのである。
薩摩藩は、もともと新撰組を警戒している。
副長に「人斬り半次郎」を差し向けたのは、なにも伊東の口車にのせられたわけではない。
新撰組でもっとも危険な男・・・。
それが土方歳三であることを、重々承知している。
そして、薩摩藩は第二の刺客を差し向けることにしたらしい。
しかも、おつぎは自藩の者ではなく、金で雇った刺客、つまり、殺しを外部委託したという。
それが、河上である。
じつは、隊士のなかに、その河上に父親を殺された男がいる。
その父親の名は、現代人でもおおくの人がしっている。
なぜなら、歴史の授業で習うからである。
佐久間象山。
ひらたくいえば、「バリバリの西洋かぶれ野郎」である。
長州の吉田松陰。この男のことも歴史で習うから有名であるが、吉田と同類である。
その吉田が黒舟で有名なペリーの艦隊に密航しようとして失敗した際、相談をもちかけられたとして連座になり、江戸の伝馬町の牢屋に投獄されたという、黒歴史をもっている。
きくところによると、ずいぶんとかわっていて、それでもって横柄で高飛車な男だったらしい。
政治的にも人間的にも敵をおおくつくる、典型的なパターンであろう。
佐久間は、よりにもよって攘夷志士がひしめくこの京において、供も連れず、馬にド派手な西洋の鞍を置き、闊歩した。
ある意味、超絶すげーやつ、である。
それが、「バリバリの攘夷論者」である河上の癇に障った。
超絶ヤバイ人斬りは、その馬に駆け寄ると、一刀のもとに斬り捨てた。
超絶デンジャラスではないか?
その殺された佐久間の子は、三浦啓之助という。妾との子である。
三浦は、佐久間の妻、つまり、義母と佐久間の門弟に父親の仇討ちを勧められた。
ちなみに、佐久間の妻は、あの勝海舟の妹である。
三浦の新撰組の入隊も、勝海舟の推薦があったからこそ、なしえたらしい。
三浦は、隊士としてはまったく役に立たぬ男らしい。
勝の口添えがなければ、とうの昔に追っ払われるか、詰め腹を切らされていたかのどちらか、というレベルである。
事実、三浦は、剣術の稽古や隊務をこなすことなく、あるいは、打倒河上の策を練ることなく、島原やら祇園やらに出入りしては、無為の日々を過ごしている。
薩摩は、河上に、三浦のことをさも脅威であること、三浦のいる新撰組そのものが、河上を狙っていると、吹き込んだ。
そこに金子まで添えてくれれば、河上は暗殺の仕事を引き受けるであろう。
この日の本で有名な新撰組の局長と副長を殺れるばかりか、狙われているという脅威もなくなるし、まとまった金子まで手に入る。一石二鳥にも三鳥にもなるってわけ。
かくして、狂信的とも猟奇的ともいえる殺人鬼が、新撰組にむけて放たれた。
藤堂は、それを伊東からきいた。そして、それをおれたちにもたらしてくれた。
藤堂も、義理やら人情やらの狭間で、さぞ苦しんでいるのであろう。容易に想像できる。
屯所の警備が厳しくなった。
いくらなんでも単身、抜き身を振りかざしてのりこんでくるほど、河上は間抜けではないであろう。
が、人斬りとしての矜持はあるだろうし、これまでの斬殺行為から、尋常でない精神構造をしていることがうかがえる。
どんな行動にでるか、予測もつかない。警戒しておいて損はない。
局長の他出の際は、一番組と二番組の手練を永倉が率いて同道する。
それはそれはものものしく、これであれば、たとえ河上のクローン軍団が攻めてきても、十二分に攻防できそうだ。
が、副長自身は意に介さない。他出する際も、おれと相棒を連れるだけである。
それはまるで、副長が自身を囮にして河上を誘きだそう、としているかのようである。
いや、おそらくは、その意図があるに違いない。