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生と死

 自分でも、無茶ぶりはわかっている。


 痛み止めも点滴もない。どれだけの痛みなのか、わかるわけもない。ないないづくしのなかで、本人に、痛みにのたうちまわってでも、我慢して戦場を駆けずりまわれ、といっているようなもの。


「副長やおれたちだけではありません。泰助が・・・」


 史実では、泰助は死んだ叔父の頸を抱えて逃げるのである。その重みに耐えかね、それでもがんばってあるきつづける。

 みかねた大人が説得し、淀城のちかくにある寺に、刀とともに埋めたと伝えられている。


 十一、二歳の子どもである。叔父の頸は、あらゆる意味で重すぎる。


 甥の名で、井上ははっとする。


「泰助は、泰助は強い子だ。そりゃぁ、わたしからみれば甘ったれた餓鬼だが、泰助は泰助なりにがんばっている。あの子も、八王子千人同心、武士の子。帰郷する際には、胸をはり、叔父の戦死を伝えてくれるであろう・・・。おおっ、兼定、どうした?」


 相棒が井上の脚許に座り、かれをみ上げている。


「源さん、あんたは昔っから人一倍頑固者だ。ことあるごとに、かっちゃんや総司やおれを叱ってくれてた。それがずっとつづくもんだとばかり、思ってたのに・・・」


 相棒だけでなく、副長まであらわれた。


「歳さん?なにゆえ、戻って・・・」

「まえは、組長や伍長がいる。心配いらねぇだろう?」


 副長の穏やかな表情かおに口調・・・。


 会話をきいたに違いない。っていうか、響き渡ってたに違いない。


「すすんでみたものの、てめぇの脚で大坂までたどりつけそうにねぇ連中がすくなくねぇ。危険だが、伏見の船着き場によって、あるけそうにねぇ怪我人を舟にのせる。源さん、それをあんたに任せたい」

「歳さん・・・」


 副長は、いい返そうとする井上を無視し、おれたちをみる。


「船着き場には、敵がいるだろう。おれと源さん、組長連中と山崎、餓鬼数人で怪我人を連れてゆく。伍長らに、残りを率いてさきへいってもらう」


 この人選は・・・。

 副長、組長たち、山崎、餓鬼数人・・・。


 井上に、死に場所を与えようというのか・・・?


「副長、なれば、わたしが豊後橋にまいり、舟の手配をいたします。船着き場にまいるよりかは、距離もちかく、敵もすくないかと・・・」


 俊冬の提案。


 副長は、迷いもせずに頷く。


「頼む。先行してくれ。怪我人連れて、すぐに追う」


 俊冬は、一礼すると宇治川のほうへと駆け去る。


「主計、おめぇは、兼定と俊春をむかえにゆけ。そののち、豊後橋で合流するんだ」


 そのめいで、いつのまにか背後の騒擾がおさまっていることに気がつく。


「なにをやってる、さっさと動け。源さん、怪我人を連れにゆくぞ」


 相棒が、こちらへ駆けてくる。


「相棒、いそごう」


 副長は、「豊後橋にこい」、といった。

 急がねば・・・。


 井上に死んでほしくない。


 だが、「武士らしく、武士として死ぬ」という願い・・・。



 死というものを、感じなければならない。考えねばならない。向き合わねばならない。


 これらは、なにゆえか親父のとき以上にリアルに迫ってくる。


 左脚もとで、相棒の爪音と息遣いを感じる。



 生と死が、これほどまでに実感できるものなのか・・・。

 




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