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静かなる動揺 騒がしき動揺

「俊冬、おぬしもわかりやすい。おぬしは、否、おまえたち双子は、歳さんにそっくりだ」


 その一言に、俊冬の口から呻き声がもれる。


 視線を向けると、動揺がありありと表情かおにでている。


 おれの視線に気がついたのか、感情をすっと消してしまう。


 副長に似ている?


 たしかに、心を鬼にするというところは似ていなくもない。

 だが、似ているといわれ、なにゆえ、あそこまで動揺するのか?


 動揺など無縁っぽい俊冬が・・・。


「なれば俊冬、主計、わたし以外の者を助けよ。否、救ってやってほしい」

 おだやかで、やわらかい笑み。


「なぜです、井上先生?局長は、怪我で大坂。沖田先生は、病気療養で丹波。ずっと一緒にすごしてきている仲間は、いえ、家族は、井上先生、あなただけなんですよ?副長には、あなたが必要なのです。あなたがいらっしゃらなければ、だれが副長を支えられるのです?」

 熱弁してしまう。


 正直、井上の気持ちが理解できない。


「歳さんは、もう一人ではない。おぬしらをはじめ、新八や左之、斎藤がいる。大坂までゆけば、若先生がいる」


 若先生とは、局長のことである。

 試衛館道場の先代と、呼び分けていたのであろう。


 隣で、俊冬が息を呑む。


「どこが、どこが悪いのです、井上先生?」

 

 そして、意味不明なことを尋ねる。


「さすがだな、俊冬。歳さんやおぬしら双子を相手に、ここまで隠し通せた。わたしも、まだまだ捨てたものではなかろう?」


 そこでやっと気がつく。


「病気、いえ、病なのですか?いったい、どこが・・・」


 井上は、大坂へとむかっている副長をみるように、うしろへ視線を送る。

 それから、それをおれたちへと戻す。


「以前、隊士全員が松本法眼に診てもらったことがある」


 松本良順。蘭方医で、数すくない新撰組の支持者の一人である。


 以前、その松本が隊士の健康診断をおこなったことがある。まだ、西本願寺おにしさんに屯所をかまえていた時分ときである。

 これが日本初の健康診断であるとかないとか・・・。


 それは兎も角、結果は、あらゆる意味で惨憺たるもの。ブラックすぎた。

 その結果にもとづき、法眼は労働環境の改善を副長に直訴し、副長はただちにそれに努めた。


「総司もそれで病がわかったが、わたしもわかった・・・。腹部にしこりがあってな。ずっと癪だと思っておったが・・・。胃の腑が悪いらしい」


 そんな・・・。胃癌?胃癌だというのか・・・?


「総司より深刻だといわれた。いつ死んでもおかしくない、ともな。ここまでこれたのが、自身でも驚きだ。まぁ抜けたところで、助かるものでもない。ならば、このまま隊務をつづけたい。松本法眼を説得するのに往生した」


 末期癌。この時代、Ⅹ線や胃カメラがあるわけではない。自覚症状なら、たしかに癪と思うかもしれない。

 触診でわかったのなら、ステージⅣ。転移している可能性も否めない。


 痛いだろう。苦しいだろう。


 だれにも悟られず、フツーに隊務をこなし、動きまわっている。

 こんなこと、できるわけない。精神力だけで、もつはずもない。


 ここにも、すごい人間ひとがいる・・・。


「もう充分であろう?総司は、総司なりに生きようとがんばっている。若先生は、歳さんがいてくれる。その歳さんは、おぬしらがいてくれる。わたしの役目はおわった。痛みに、病に殺されるのなら、武士さむらいらしく死にたい。そう思うのは、わがままなのであろうか?」


 かけるべき言葉もない・・・。


 情けないが、励まし、反論、どんな言葉もでてこない。たとえ思いついても、口からでるのは薄っぺらなものばかり・・・。


 心情においては・・・。

 わかっている。

 井上のいうことは、よくわかる。


 だが、わからない。わかっているが、わからない。


「それでも、それでもやはり、生きてほしい。一日でも長く。あきらめないでほしい・・・」


 あきらめないでほしい?

 化学療法も手術も放射線治療もないというのに?

 治るどころか、痛みや苦しみしかないのに、前向きにがんばれと?


 またしても、自分の無力を痛感する。不甲斐なさにうちのめされる。

 やはり、おれは役立たず隊士・・・。



 溢れる涙を隠すため、慌ててうつむく。


 一滴、二滴と、涙が凍てつく地に落ちてゆく。




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