やさしき修羅の舞い
「おい、あれ・・・」
「なんだ、あれは?」
仲間たちは、まだその場にとどまっている。
そして、500mさきでおこっていることをみている。
阿鼻叫喚・・・。そして、強烈な血臭・・・。
それらが、500mもはなれたここまで、はっきりときこえ、嗅ぐことができる。
それをみ、感じ、きいた隊士や子どもたち。
一様に怯えた瞳を、向けている。
だれもが、ぞっとしている。
一人の剣士による、虐殺・・・。
銃隊といえど、なかに入り込まれれば銃を撃つことができない。
同士討ちになるからである。
暴れまわる敵を討つには、刀をつかうしかない。
だが、刀をつかうこともできぬはず。
そんな暇など、あるわけない。
腰の得物を抜き放つ?
あたふたと銃を放り捨てるまでに、斬殺されるであろう。
だったら、背を向け逃げるのか?
それもまた、背を向けるまでに、斬り捨てられるであろう。
もはや、生き残る方法などない。
生存率は、0%にちかいはず。
俊冬が、「殲滅せよ。生かしてかえすな」といった意味が、みなにもわかったはず。
なす術もなく、呆然としている敵を、心やさしい俊春が討てるわけもない。
かれらが生き残れば、また銃をとり、死んだ指揮官のかわりの指揮官のもと、おれたちを追ってくるであろう。
あるいは、このさき、どこかの戦場で相対するであろう。
そのときには、こちらが討たれるかもしれない。
俊冬とともに、騎馬から飛び降りる。
そのタイミングで、永倉、原田、斎藤、島田や林が、大声で呼ばわる。
「なにをしている。いそげっ」
「いまのうちにすすむんだ」
「さっさとせぬかっ!」
組長と伍長たちの叱咤に、みな、慌てて背を向けあゆみだす。
「餓鬼ども、なにしてる?みるんじゃねぇっ」
副長みずから、子どもたちをせかす。
「副長っ、俊春先生は、わたしたちのために鬼になってるんですね?」
市村が、惨状に視線を向けたまま叫ぶ。
「俊春先生が泣いてる。泣き声がきこえます」
田村もまた、瞳をくぎ付けにしたまま叫ぶ。
子どもらにはわかっている。
おれなんかよりずっと・・・。
俊春のやさしさを・・・。そして、苦しみを・・・。
「おんなじ鬼でも、口ばっかりの役立たずもいるがな」
「なんだと、永倉先生よ?とっとと、餓鬼どもを連れてゆきやがれっ」
永倉の、子どもらへの配慮。その機転に、副長がのっかる。
「へいへい。おいっ、童ども!役立たずの鬼に、尻を叩かれんうちに、ゆくぞっ」
永倉は、子どもらがこれ以上凄惨なシーンをみぬよう、立ちはだかりつつ促す。
馬たちを、安富と久吉に託す。
俊冬とともにあるきだそうとしたとき、眼前に井上が立ちはだかる。
井上のいつにない厳しい表情に、内心、焦ってしまう。
愛想笑いを浮かべようとするが、その厳しいまでの表情に、心が挫けてしまう。
空から、ちらりちらりと雪が舞い落ちてくる。
寒いはずである。
鉢金、鎖帷子、籠手、胴と装着しているが、着物に袴、足袋に草履である。
寒くて当然。
ヒートテック、いや、超極暖のインナーにタイツに、靴下があれば・・・。
なんてこと、考えている場合ではない。
「どういうつもりだ、二人とも?」
表情に劣らず厳しい声。
「あれは、わたしを助けるためか?」
井上は、顎でおれたちの背後を示す。
いまだ、惨劇が繰りひろげられている。
「だれが、助けてくれと申した?だれが、死から逃してくれと頼んだ?」
おれたちへ、一歩踏みだす井上。
「主計、おぬしはわかりやすい、と申したであろう?」
不意に、井上の表情が和らぐ。
おれの馬鹿っ!とんまっ!
表情にでているんだ。オーラをだしまくってるんだ。
「死ぬのはあなただけではない、井上先生。あなた以外にも、死ぬ者がおります。井上先生、生死だけの問題ではありませぬ」
俊冬が告げる。
井上の陽にやけた表情が崩れ、泣き笑いのような、困ったような、なんともいえぬ表情になる。
そんな表情、みたくない。小言をいってるときの表情のほうが、ずっとずっといい・・・。