「いい子 いい子」
「俊春、無茶すんじゃねぇ。いくらおめぇでも、二個銃小隊相手に全部を斬り捨てるなんざ、できるわけもねぇ。そうだろうが、ええ?」
つまり、斬り損じてあたりまえ、ありえること。ゆえに、討ちもらしてもいい、と伝えたいのであろう。
副長のさして分厚くない掌が、俊春の右肩をがっしりと掴む。
俊春は、シャツ姿になるとますます華奢だと感じる。
かれは、両掌にそれぞれ刀を握り、それをだらりとたらしたまま無言で立っている。
「餓鬼の時分のようなことは、二度とねぇ。おめぇは、だれよりも強くやさしい立派な剣士。新撰組の隊士だ。だれがなんといおうと、おめぇは人間だ。犬なんかじゃねぇ。だいいち、新撰組には、ほんものの犬がいる。これ以上、新撰組に犬をおく余裕はねぇからよ」
副長はジョークっぽくいい、一息入れる。
俊春は、いまだ俯いている。
「俊春、おめぇの、おめぇら兄弟の痛みと苦しみは、おれがいっさいがっさいもらい受ける。それを、けっして忘れるな」
右肩を掴んでいる掌が、俊春の胸にそえられる。
俊春は、意を決したかのように相貌をあげる。
「承知」
俊春が了承した刹那、胸元にあった掌が、かれのなんちゃってスポーツ刈りの頭を撫でる。
「いい子だ」
え?
つぶやき以下の小声であったが、たしかに、そうきこえた。
いい子って、どういう意味なのか・・・。
子どもらにならわかる。が、いくらなんでも、俊春を子どもあつかいするには無理がありすぎる。
副長からみたら、俊春はまだまだ子どもっぽいってことなのか?それとも、隊士はみな、子どもってことになるのか?
おれも?井上や永倉なんかも?
まるで、「宗教法人 なんとかの会」じゃないか。
「信者はみな、わたしの子どもです」ってか?
副長に一礼し、背を向けこちらにあるいてくる俊春。
なんともいえぬ表情をしている。
「俊春っ、くそっ、すまねぇ。さきにいってまってるからよ」
永倉がぶっとい腕を、俊春の頚にまわす。
「ああ、「村正」を、一刻もはやくかえしたい。どうも、ぞくぞくする」
斎藤は、左腰の得物に視線を落とす。
右腰には「鬼神丸」、左腰には「村正」。
なんちゃって二刀流にしては、インパクト強すぎの装備である。
「俊春、まだ伝授してねぇことがいっぱいある・・・」
原田のにやにや笑い。
伝授?まさか・・・。
「原田先生っ、超絶シリアスなシーンなんです。お願いですから、ここは「死ぬなよ」とか、「頼むぞ」とか、いってください」
大河ドラマ、あるいは戦記物のクライマックスシーン。
主人公が一人大軍にむかい、華々しく散る。そんなガチマジな空気を、乱してなるものか。
思わず、映画界の巨匠のように熱く指導してしまう。
「だってよぉ・・・。こいつは、臆病でさみしがり屋で怖がり・・・」
いいかける原田の頭を、副長がぽかりと殴る。
「主計っ、はやくゆけ」
睨みつけられ、一喝される。
「しょ、承知っ」
慌てて返事する。
原田のいいかけたこと・・・。
いいや。いまは、俊冬のサポートに集中すべきである。
「相棒、副長のそばにいてくれ。すぐに戻る」
相棒に命じると、すぐに副長の左脚うしろに移動し、そこにお座りする。
「宗匠」の手綱をとる安富に銃を預かってもらってから、跨る。それから、銃を渡してもらい、手綱も受け取る。
「気をつけろ。双子は兎も角、主計、おぬしは要領が悪そうだ」
安富の激励、なのか?
とりあえずは、笑顔をかえす。が、こわばってしまう。
いまから、敵の小銃隊に向かってゆくのである。緊張もする。
「主計、わたしのうしろにつけろ。わたしが撃って銃を投げる。その機に、おぬしのを投げてくれ」
「承知」
「ゆくぞっ!」
俊冬の気合で、「豊玉」がダッシュする。
慌てて拍車をかける。
「宗匠」も、ダッシュする。
俊冬と「豊玉」ごしに、薩摩軍の配置がおわりかけているのが確認できる。