戦術とかわりもの隊士
薩摩軍の軍服の上着を脱ぎ、白いシャツ姿。
第一ボタンをはずしている。
草履のときには脱ぎ、素足で戦っていたが、軍靴は脱がずにゆくようである。
「村正」を、斎藤に託す。
そのかわり、予備として準備している刀を二本、背に負い、二本は抜き身で掌に握る。
「双子先生っ」
「俊春先生っ」
駆けよろうとする子どもらを、斎藤がおしとどめる。
俊春の気持ちを慮ってのことである。
そういえば、中村家でホームステイし、松吉と竹吉のベビーシッターをして以降、子どもたちの間で、斎藤は人気急上昇中である。
斎藤は、ことあるごとに子どもらのことを気にかわけ、面倒をみている。そして、子どもらも斎藤に懐き、頼っている。
たしか、おれは野村とともに、子どもらのまとめ役だったような気が・・・。
その野村は、二番組の隊士たちにまじり、戦闘に参加している。
「双子先生は、大丈夫だ。おまえたちの気持ちは、充分承知している」
斎藤のいうとおりである。
「副長、薩摩っぽの二個小銃隊確認。距離約五町(約550m)っ」
見張り役をしている一番組の隊士蟻通勘吾の叫び声。
蟻通は、ぶっちゃけかわり者である。
新撰組の初期の時分からの隊士で、小柄だが目端がきき、しかも、剣をそこそこつかう。かれも副長とおなじく、奔放な剣を遣う。つまり、流派に縛られず、各流派のいいところをとりいれ、それを器用につかいこなす。
オリジナル、あるいは、蟻通流といったところか。
副長とおなじく、とは語弊があるか?
かれの名誉のためにいっておくが、かれの剣に、汚い要素はいっさいない。
一番組は、局長の親衛隊ともいえる。
なみいる剣巧者のなかでも、沖田につぐ実力といっても過言ではない。
本来なら、沖田不在の現在、伍長として組長代理を務めるのが妥当であろう。
が、かれは平隊士。
「人間の上に立つのは面倒くさい。責任ある地位は、ご免こうむる」と、出世をいっさい拒否っている。
かれもまた、蝦夷まで副長と行動をともにする数すくない隊士の一人である。
そして、副長とおなじ日に戦死する。
「主計。並走し、銃を放ってくれぬか?」
いつの間にか、俊冬が背後に立っていた。
そのまたうしろに、安富と久吉が、「豊玉」と「宗匠」の手綱をとり、立っている。
答えるよりもはやく、俊冬は、二丁のエンフィールド銃をおしつけてくる。
「騎馬に跨った四名。あれを射殺する。その間に、弟が敵陣に躍りこむ」
俊冬は、枝上で羽をやすめている野鳥の写真でも撮るみたいにいう。
エンフィールド銃の射程距離は、約900mだったかと思う。おそらく、だが。
向こうもおなじ銃をもっている。ということは、すでに射程距離に入っている。
人間の視力で、われわれの眉間や心臓を撃ち抜くのは難しい。
が、理論上では、あてて傷つけることはできる。
現在、風はほぼ吹いていない。
向こうがその気になれば、こちらは撃たれ、被害がでる。
「おぬしは撃つ必要はない。さきほども申したとおり、合図したらその二丁を放ってくれるだけでよい」
「わかりました。やります。でも、どうしても俊春殿一人を・・・」
「みえている敵にだけ、打撃をあたえるわけではない。それにより、周囲の隊や寝返った藩にしらしめることができる。むしろ、そちらのほうが重要。「狂い犬」が、人間の肉を喰らい、血をすする。そのことを、派手にしらしめる。それは、恐怖となって伝わってゆく。恐怖は浸透し、今後の戦に影響を与える」
戦術・・・。
戦場において、恐怖や不安ほど伝染率のすさまじいものはない。それこそ、瞬く間にひろがり、精神の奥底に根付く。
「本来なら、わたしも・・・。だが、わたしには護らねばならぬものがある」
胸元の銃から、俊冬へと視線を移す。
井上と山崎のことか・・・。
「まいるぞ」
俊冬は、自分の二丁を小脇に抱え、「豊玉」に跨る。
み上げると、俊冬の視線は、副長と俊春のほうに向いている。
双子は、さきほどからいっさい言葉をかわしていない。
かわす必要がないのか。それとも、かわしにくいのか・・・。
互いを想いやっているからこそ、かわせぬのか・・・。