獣(けもの)二匹
迷ったが、道中、副長に告げた。
つぎに死ぬはずの者のことを。
副長は、その二人の名をだまってきいてくれた。
動揺が、秀麗な相貌にくっきり刻まれる。
副長にとって、井上は故郷にいるときからの兄貴分であるし、山崎は子飼いの手下。
その二人をほぼ同時に亡くす、などときかされれば、さすがの「鬼の副長」も平常心ではいられないであろう。
「淀に布陣している味方に、しらせる余裕はねぇ。おれたちは、このまま大坂へゆく。源さんの七番組は、餓鬼どもと小荷駄をまとめ、おれの傍からはなれるな。山崎、おめぇを、死んだ七番組の伍長のかわりに、伍長に任ずる」
副長のあまりの切迫した表情と声に、当人たちを含め、永倉らもなにかを察したに違いない。
その奇妙な命に、さして口をはさまず了承する。
殿にいる原田が、伝令の言伝を受け取り、やってきた。
満身創痍の十番組を連れている。
「土方さん、すぐでも追いつかれる。はやくいってくれ。おれの組が、なんとかもちこたえるからよ」
事情をきいた原田は、ときがないとばかりに背を向けあるきだす。
「なら、おれの組、否、おれも残ろう。手下は限界だ」
「ならば、わたしも」
去ろうとする原田を追おうとする、永倉と斎藤。
その三人の名を呼び、ひきとめるのは、俊冬である。
「副長、ここは弟に任せたいのですが、よろしいですか?」
俊冬の、いつにないマジな声の進言。
永倉、斎藤、原田が戻ってくる。
「弟を、放ちます。ご許可を」
放つ・・・?
俊春をみる。
蒼白な表情で、俊冬をみている。その視線が、こちらへと移る。
怯えきった視線・・・。
「なにをいってる、俊冬?いくら俊春でも・・・」
「ああ、たった一人で、銃隊を・・・」
永倉と原田が俊冬にちかづき、訴える。
「はんっ、あんな小者になにができる?的になるのがせいぜいであろう?」
自称「新撰組の人斬り」の、空気よまない系の大石である。以前、屯所で脚に寒鰤を落とされたことを、いまだに恨みに思っているのであろうか。
それは兎も角、かれの手下も数を減らしている。
「やかましいっ!なら、てめぇがいってこい。いって、跡形もなく吹き飛ばされちまぇっ」
眉間に皺をよせ、大石をみることなく怒鳴り散らす副長。
そのあまりの激しさに、さすがの空気よまない大石も、口を閉ざしてしまう。
「ただの一人も通すな。ただの一人も生かしてかえすな」
俊冬の命に、体をびくりと震わせる俊春。
その場にいる全員が、俊春に注目する。
怯える子どものように、うつむき震える俊春。
自分の両掌を、じっとみつめる。
「殲滅せよ。皆殺しにするのだ。情けはかけるな。敵を一人生かせば、味方が死ぬ。子どもらが、このなかのだれかが、敵の銃弾に撃ち抜かれる」
全員が、声もなく双子をみつめる。
「わたしには、わたしは・・・」
ほとんどききとれぬほどの声。
相貌を上げると、いまにも泣きそうな表情で俊冬をみる。
「人間のもつ罪悪感など、もちあわせてはおるまい?われらは獣。強き獣が弱き生き物を淘汰するは当然のこと。それを、忘れるな。おぬしができぬと申すのなら、わたしがゆく。おぬしは残り、守護せよ」
俊春は、敵に殺られることを怯えているわけではない。
殺ることが、怖ろしいのである。
俊冬のそのあまりのいい方に、かれをみてしまう。
右太腿におろされている握り拳から、血が一滴、二滴と落ちてゆく・・・。
非情な命を与える側もまた、怯え、苦しんでいる。
俊春は、兄から副長、おれたちに視線をはしらせる。
そして、身を寄せあってこちらをみている子どもらへ、それをとめる。
「承知・・・いたしました」
震える声で、承知する。