さらば 吉村寛一郎
一月四日、新政府軍が陣頭に錦旗を掲げる。
これにより、われわれは賊軍となる。
しっていることである。わかっていることである。
だが、PCの画面上で活字をみるのと、寒風に靡く実物をみるのとではまったくちがう。
ふと、新年参賀のTV放映を思いだす。長和殿のベランダで、掌をふる皇族の方々・・・。
いまのわれわれは、皇居正門から刀振りかざし、長和殿のベランダへ殺到する、時代遅れの狂信者もおなじこと。
目明しの小六が、戦火をぬって陣中見舞いにきてくれた。
ちなみに、目明しだった鳶は、リストラされて以降、おれたちの手伝いをしてくれている。
淀まで退く、その直前のことである。
意を決して、副長に進言する。まずは、吉村のことを・・・。
「吉村、離隊しろ。おまえを、新撰組から放逐する」
副長は、吉村を呼ぶと命じる。
突然のことに、言葉もなく左右に助けを求める吉村。
「吉村先生、お願いです。ここから逃れ、郷里に戻ってください。なにがあっても、大坂にはいかないでください。そして、南部藩所縁の人を頼らないでください」
遠まわしの、意味不明な願い。
それでも、吉村はこれまでの付き合いで、うすうす気が付いていたのであろう。
はっとしたように、おれと視線をあわせる。
「郷里に戻り、妻子を連れてどこかに移ってください」
「わがった。武士の矜持やら幕府やらより、妻子大切なんだ。ご忠告さ従い、離隊す、故郷に戻って、妻子どともにどごがで暮らすます」
いってることはよくわからないが、たぶん、わかってくれたであろう。
「なれば、京より無事逃れられるよう、わたしが案内いたします」
ひっそりと様子をうかがっていた、小六の提案。
京をしりつくした、かれの提案である。これほど心強いものはない。
「山崎、路銀を」
「承知」
「副長、どうも。みなさんのごどは、ぜったいに忘れね。ご武運ば」
かれは、煤で真っ黒になった相貌に真っ白な歯をみせ、副長から順にハグをしてゆく。
ハグをしらぬ周囲の隊士たちの、驚きの表情。
副長をはじめ、それをされた者は、抱きしめ返して別れを惜しむ。
小六とともに去ってゆく吉村。
どうか無事であってほしい・・・。
名作「壬生O士伝」の著者には申し訳ないが、リアルな生命はなにより大事。
妻子とともに、幸せに暮らしてほしい・・・。
淀千両松へと、退却する。
子どもらを護るように進む。
殿は、原田の率いる十番組である。とはいえ、その数は、だいぶんと減っている。いや、十番組だけではない。どの隊も、その数を減らしている。
戦死者より、脱走や行方不明の数のほうがおおいことが、せめてもの救いか。
この際、生き残る、ということのほうが重要なのだから。
俊春が偵察にで、もどってくる。
この日も曇天。強風で、ときおり雪がちらついている。
われわれの将来をみるような、うんざりした空模様・・・。
俊春は、男前の相貌を曇天へと向けてから、形のいい唇を開ける。
「主計の申す通り、薩長が追ってきております。淀千両松に、幕府軍が布陣、これを迎え撃つつもりです。われわれのすぐ後背に、薩摩の銃隊が喰らいついております」
相棒は、しきりに後背を気にしている。
風にのって運ばれてくる火薬のにおいを、嗅ぎとっているのである。
「淀でいっときは迎撃しますが、歩兵奉行並の佐久間殿が撃たれ、後方に送られてから崩れます」
副長をはじめ、みながみつめるなか、いっきに説明する。
「淀城まで撤退するか・・・」
「いえ、副長。残念ながら、淀城はすでに敵の圧力がかかっています。入城を拒否されるはずです」
「馬鹿な。淀城の城主は、老中の稲葉殿だ・・・」
「永倉先生、稲葉様は江戸。淀藩の老中が、勝手に采配するのです。はたして、圧力に負けたのか、あるいは、すでに寝返っている因幡藩や柏原藩と同様、みかぎったのかはわかりませんが」
「戦をせず、このまま大坂までひたすら進みましょう、副長。でないと、新撰組だけでなく、幕府側の被害がひろがるばかりです」
退く、はNGワードである。
武士は、この一語でむきになる。無駄に頑固になって拒否りまくる。ゆえに、わざと進むという言葉を選ぶ。
炎上させずにつぶやく。
これが、共感を呼び、閲覧数、フォロワーを増やすコツなのである。