究極の餅つき 新撰組バージョン
翌日、黒谷から会津藩の残留藩士たちが移ってきた。
大量のもち米持参で。
故郷からもち米を送ってき、それをまだ消費しきっていないという。
急遽、もちつき大会の開催が決定する。
慰労もかねてのことである。
杵と臼が、会津藩所有の一組しかない。
伏見奉行所のお役人たちは、こういうイベントには関心がないのであろう。奉行所中探しまわったが、杵も臼もみあたらない。
ゆえに、ご近所からかりることにする。
ご近所も、たいがい迷惑であろう。 強面が、徒党をくんでおしかけ、杵と臼を貸してくれ、なんていいだすのである。
たとえいやだと思ったとしても、とてもいやだとはいえぬ。
いわゆる旧家っぽいところをまわり、四組の杵と臼をかりる。
総出で取り組む。
もち米を蒸し、ついて丸める。
「負けてられるか!」
そう宣言したのは、つい先日、こうのとりが男の子を運んできてくれたばかりの原田である。
親父の名をもつ子である。メルヘンチックに表現したい。
なぜなら、あの原田とおまささんが・・・。なーんて思いたくない。
それは兎も角、会津の五剣士のなかの数名が餅をついているのをみ、無駄に闘争心を燃え立たせている。
「童ども、ちんたらやってるんじゃない。交代しろ。これぞ「壬生浪」の餅つきってところをみせてやる」
原田は、子どもらに怒鳴り散らす。
「えーっ、わたしたちがついているのです。あとにしてください」
「ちんたらって、ちゃんとついていますよ」
ブーイングが起こる。
子どもらは、餅つきも大好きである。
そういえば、小学校のとき、二学期の終業式がおわると、講堂で餅つきをし、あべかわ餅にして食べた記憶がある。
「やかましい。もち米が、さめちまうだろうが」
すったもんだのすえ、「原田先生って、童みたいなのですね」と、市村に嫌味をいわれつつ、交代してもらった原田。
「おうっ!おれは、一生涯、童みたいに純心で清廉だ」
勘違いもはなはだしい上に、厚顔すぎる原田。
「わが相棒、わが伍長の林っ、合いの手、頼むぞ」
「えー・・・」
うしろのほうから、ちいさくきこえてくる。
「はいはい、わかりましたよ」
隊士たちをかきわけ、十番組の伍長にして、新撰組の嘉納治五郎、林がでてくる。
イヤイヤ感満載である。
「いっちょやってやるかっ!」
原田は叫ぶなり、いきなり着物、ついで袴を脱ぎ捨て、褌一丁になる。
会津藩士たちだけでない。新撰組もひく。
曇天の下、腹の一文字傷がおどろおどろしい。
その傷を愛おしそうに撫でる原田。ついで、掌が褌に・・・。
突然のなりゆきに、ほぼ全員がその場にかたまる。
「永倉先生、とめてください。親友でしょう?」
すぐちかくで、呑気に酒瓶をかたむけている永倉。
「はあ?親友?」
永倉は、両瞳をみはる。
「斎藤先生っ!」
さわやかな笑みを浮かべ、み護っている斎藤。
「とめるには、斬るしかないが?」
「なっ、なにいってんですか?」
「えーいっ!鬱陶しい。褌もとっちまえ」
原田の掌が、褌の結び目にかかる。
はあああ?なにゆえ?ストリップ餅つき?
幕末には、そんなものが存在しているのか?
これでは、ただのお下劣シーンになってしまう。
「おおおっ、原田先生っ!勇ましいかぎり。なれど、真っ裸でも鉢巻は必要でございます。ねじり鉢巻がっ!これは、武士のたしなみ」
人垣をかきわけ、飛びだしてきたのは、この男、俊冬。
なにゆえか興奮状態で、理解不能な持論をふりかざす。
そういえば、以前、会津候が、将軍家茂公を褌と鉢巻き姿で助けた、とおっしゃっていた。
相撲もまわしだけで戦うし、褌一丁でおこなう神事がある。
いや、ちがう。もはや、褌すら失われようとしている。国技やら、神事やらとは関係ない。
「ないない。そんなもん関係あるかい、と申しておる」
囁きとともに、胸をポンとたたかれる。
相棒の代弁者俊春・・・。
ついに、ツッコんできた。ツッコミ役の定位置である左側に立ち、きき掌で胸をたたいてくる。
もしかして、トリオ結成か?
PC変換間違いあるあるの「新鮮組」ってトリオ名の?
「どうもーっ!おっ?兼定君、あいかわらず新鮮なネズミをくわえてまんなぁ?朝飯かいな?」
「ちゃうちゃう、どこに瞳ぇつけとんねん。ピーピー音が鳴るおもちゃやないかいっ!っていうてんで」
ボケにツッコむ相棒の代弁者、俊春。
しかも、無表情で・・・。
いかん、こんな「つかみ」、ありえん。
これでは、そこいらの老人ホームでも通用せん。
「おおっ、この寒さだ。縮んで当然だよな」
永倉の呟き。
ネタづくりに苦慮している間に、原田はマッパになっている。
たしかに、永倉のいうとおり・・・。
原田は、体の一部にモザイクが必要な状態で、委細構わず杵を振り上げる。
それはまるで、示現流もよもやというような堂々とした、上段の構え。
「ギャッ」
刹那、みじかい悲鳴を上げ、そのままかたまる。それから、杵を振り上げた恰好のまま、うしろへすーっと倒れてしまう。
「原田先生っ!」
「原田っ!」
フリーズから解放され、騒然となる。
「組長っ」
ちかくにいる林と俊冬が、すぐに介抱する。
卒中か?心臓麻痺?
またしても、現代チックなことを想像してしまう。
「ったく、なにやってやがるっ?」
そこに、副長のご登場。
神保、それから、林親子と一緒である。
「なんと・・・」
万歳の姿勢でひっくり返っている、しかも、ただひっくり返っているわけではなく、マッパでひっくり返っている原田をみ、林父は瞳をしばたたかせ、その子又一郎は眠気を吹っ飛ばすかのように、両掌で両頬をパンパンと叩く。そして、神保は指先で目頭をもんでいる。
まぁたしかに、瞳の錯覚か、寝とぼけているか、と思うよな。
「ぎっくり腰ですな、原田先生。両の脚を曲げ、上に」
俊冬が、うんうんうなっている原田に告げている。
かいがいしく介抱する双子。
「いや、そのまえに、みっともないもん隠せ」
永倉はちかづき、原田が脱ぎ捨てた着物を裸体にかけてやる。
「あきれてものもいえん。原田先生よう?」
副長の嫌味に、原田は力のない笑みを浮かべそうになり、「いたた」とうめく。
「馬鹿はほっといて、さっさと餅をついちまえ」
「承知」
新撰組は、いろんな意味でいろんなことに慣れている。副長の鶴の一声で、なにごともなかったかのように餅つき大会を再開する。
心やさしい会津人たちは、心配げに原田をみつめている。
「なにもなかった。みな、なにもみなかった。おこらなかった」
副長が、神保に耳打ちする。すると、神保が藩士たちにそう告げる。
藩士たちは、ビミョーな表情でつづきに戻る。
双子の処置がよかったのか、原田はさらしを腰にガチにまかれ、夕刻にはそろそろあるくことができるようになった。
軽かったのであろう。ふだんから運動量も違うし、背筋力も抜群に違いない。
『餅つきでぎっくり腰になった男』
『死に損ね』につぐ、あらたな二つ名。
うり言葉にかい言葉からの切腹パフォーマンスで、し損ねて腹に一文字傷が残り、ネーミングされた名。
餅つきをしようとして、ぎっくり腰に。しかも、無駄にマッパで・・・。
どちらがマシか、いうまでもない。
もっとも、どっちもろくな理由ではないが。