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標的と異世界転生の傭兵

 林親子、林父のお弟子さん、ほかにも銃に興味のある藩士たちが集まっている。


 黒谷本陣の奥のほう、ひらけたところである。いくつか篝火をすえ、ちゃんと的も準備している。


 林親子は挨拶したのち、相棒を撫でてくれる。


 それから、エンフィールド銃を掌にとってじっくりみる。


「なれば、試し撃ちしてみましょう。ですが、あれでは威力がわかりにくいかと。吹き飛んでしまいますからな」

 俊冬は、準備している的を掌で示す。


 板に、円を描いている紙をはってある、よくあるタイプのものである。


「わかりやすいのは、やはり人間ひとかと・・・」


 篝火のなか、俊冬のにこやかな笑みが輝く。


 その場にいる人々がぎょっとし、俊冬の視線のさきを追う・・・。


「ちょっ、なんで?なんで、おれをみるんです?」


 おれか?おれを的に?

 そんなの、どう考えたってパワハラ?イジメ?いや、虐待じゃないか。


「だから、このまえもいいましたよね?この距離です。フツー、死にます。死ななくても、肉が吹っ飛ばされたり、骨を砕いたりします」


「誠に面倒くさいやつだな、主計」

「当然です。まったくもう・・・」


 俊冬は、苦笑とともに的から二十間(約28m)ほど距離をおいて立つ。

 それから、銃を構える。


 すごく自然な動作である。そこに、違和感を覚える。


 なんというのか・・・。銃を撃ったことのあるおれでさえ、それを握るときには精神的にも肉体的にもかまえてしまう。狙撃手や自衛官といった、訓練を積んでいる者でさえ、銃をもち、構えるときにはじゃっかんのぎこちなさがある。


 それこそ、この時代の剣士のように、幼少から慣れ親しんでいないかぎり・・・。


 俊冬と俊春とで試射したが、銃を握って構え、発射するまでに数秒。


 準備されていた的は、発射音がとどろくまでに砕け散っている。


 つまり、さして狙うことなく発射している。


 器用な双子のこと。銃も、刀同様うまくつかいこなせるのはわかる。それでも、いまのはスムーズすぎる。


 まっ、傭兵でもやってた、なんてこといいそうだが・・・。


 この二人にかぎっては、異国どころか「異世界転生で傭兵稼業やってました」、なんてのもありなんだろう。


「これを、薩摩はおおく所持しております。その銃隊に、刀や槍をふりかざして向かってゆくことが、愚の骨頂でしかないことを、ご承知おきいただけたか、と」

「だが、わが藩の会津武士どもは、向かわぬは恥としか考えぬ」


 俊冬の言葉に、林父が両肩をすくめていう。


 どれだけ説こうと、そもそもの気風。わかってもらえぬというわけである。


「犬死だけは、させとうない・・・」


 林父は、幾度もつぶやく。


 副長は、無言でそれをみつめている。


「おれたちも、時代にそぐわねぇ・・・。もはや、刀や槍の時代じゃねぇ」


 帰路、呟くのは副長。


「時代遅れだってよ、おれたち」

 原田は、けらけら笑う。


「時代遅れ、けっこう。飛び道具などより、こっちのほうがよほど頼りになる」

 永倉の持論。


「ふむ。銃も、あたらずば役にたたぬ」

 斎藤の、一瞬、納得しそうになる理論。


「副長、主計の話では、戦端がひらかれるのもときの問題。いまさら、銃のことを申したところで、剣を捨て、銃にのりかえられるわけでもありませぬ。だいいち、こちらにある銃は、精度、性能においてはるかに劣るばかりか、数も足りませぬ」


 俊冬の言に、無言で頷く副長。


「どうすりゃいい?」

武士われわれは、真正面から向かうをよしとする習いがございます。これからは、せめてその習いは無視し、できるだけ意表をついた攻守に徹する必要がございます」


 刀や槍だけではない。その習い、精神こころもまた、捨てることができぬ。


「豊玉」と「宗匠」のカポッ、カポッという蹄の音が、寝静まった夜の町に響く。


「そんなことか?ああ、案ずるな。意表をつく。それだったら、おれの得意とするところだ」


 さすがは副長。


 正攻法以外ならなんでもござれだし、なんの抵抗もない。


「主計、林殿もまずいのか?」


 副長の声量をおさえた問い。が、そのずばりの問いは、耳に痛いほど響く。


「わたしも気がついた。おぬしはわかりやすいからな、主計」

 井上である。


「源さんの申すとおり。あれだけ必死に「気を付けてください」だの「無茶はしないでください」だのいわれれば、事情をしらなくっても不安になるわな」

「さよう。実際、かなり動揺されておられた」

「ああ。会津くににいる林殿の妻女でものりうつってるのかと思ったぞ」


 原田、斎藤、永倉にいわれ、思わず溜息をついてしまう。


 おれのことをまったくしらぬ安富と久吉が、騎馬ごしにおれをちらちらみている。


「ここだけの話ですが、じつは、主計は怪しげな占いやら口寄せやらで生計をたてておったのです。なにもしらぬ年寄りやら、うら若き乙女から大金をふんだくり、つぎの土地にいっては繰り返す」


「ほう・・・。主計がな・・・」

「人は、みかけによりませぬな」


 安富と久吉の驚き顔。


 マスコミのインタビューを受ける、大事件を起こした凶悪犯の同級生やご近所さんや職場の同僚って表情かおである。


「なにいってんですか、俊冬殿。だいたい、それはあなたたちのことでしょう?」

 怒鳴ってしまい、林と島田から「シーッ」とだめだしをされる。


「どうやら、林親子のことを占ったら、凶とでたらしい。もっとも、主計の占いはじつに独創的。信憑性にかける・・・」


 他人ひとの話などききゃしない。わが道を爆走しまくる俊冬。


 それは兎も角、黒谷あいづより戻る際、林親子に忠告してしまったのである。


 親子はあきらかにひいていた。

 

 先日、俊冬も声をかけてくれた。俊冬もいっていたように、まだはじまっていない戦である。唐突に、「このさき、なにがあっても無茶をするな」とか、必死の形相で忠告されたところで、「こいつ、頭大丈夫か?」って思われるのが落ち。


 実際、親子はそう思ったはず。


 それでも、そのときがきたら、おれや俊冬がいったことに思いいたってくれれば・・・。



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