散髪と熱き心の叫び
林親子と、会津の砲兵隊のメンバーに会いにいったのは、夜も更けたころである。
双子が入手した「エンフィールド銃」を、みせるためである。
この時分には、永倉と原田も花街から戻ってきていたので、連れだって黒谷へと向かう。
銃は箱からだし、「豊玉」と「宗匠」の鞍に結び付ける。
メンバーは、副長、井上、永倉に原田、島田に林、双子におれ、もちろん、相棒も。
二頭の馬は、久吉と安富が手綱を曳いている。
「髷、落としたのか?」
井上が、あるきながら尋ねる。
「髷は、同心をするためにやっておりました」
学校の規則だから仕方なく、みたいに答える俊春。
こだわりがないのであろう。
俊春は、髷を落とした。
とはいえ、ガチ月代にしていたわけではない。生え揃いしだい、刈るらしい。
俊冬のほうは、ゆるーい髷というか、町人髷だったので、長髪をそのまま短く刈っている。
二人とも、髪結床のスキルもある。これは、まえからわかっていたことで、双子がきてからというもの、週に二、三度きてもらっていた髪結いのかわりに、隊士たちの髪を結ったり髭を剃っている。
天使の輪のある副長のサラサラ髪も、井上や永倉、原田のショートヘアも、すべて二人の掌によるもの。
かくいうおれのも、である。
ひかえめにいっても、うまい。
思わず写真をみせ、「土方歳三のようにしてください」といえば、チャッチャとやってくれるだろう。
後世、歴史上のイケメンとして多くの女性を魅了する、あの写真である。
これで、おれも・・・。
じつは、おれ自身はまったく頓着しない。いつも税込み490円で、バリカンで刈ってもらっていた。シャンプーはついていない。いっておくが、れっきとした美容室、しかもチェーン店である。
ちなみに、フツーのカットも安く、平日のみのタイムセールでは、さらに安くなる。
ゆえに、いまのほうがおしゃれである。
このショートヘアなら、すこしはカッコよくみえるだろうか?
まさか、幕末にきて、髪型やら恰好やらを気にするとは・・・。
相棒のほうが、よほどおしゃれである。五千円くらいする。短毛だからいいようなものの、ゴールデン・レトリバーやアフガン・ハウンドやポメラニアン、あるいはトイ・プードルやテリア種となると、おれの何年か分の散髪代がかかる。
黒谷も、会津候の側近たちは会津候について大坂へいった。
残る藩士たちも、明日には伏見奉行所へ移る予定である。
それだったら、なにもわざわざおれたちから黒谷へゆかずとも、明日の夜、試射すればいいということになる。
が、それができぬわけがある。
奉行所のすぐ目と鼻の先、それこそ、お味噌汁のさめない距離にある御香宮神社に、薩摩が陣取っているはずである。
はずである、というのは、薩摩兵をみかけるという程度で、菓子折りもって転居の挨拶にきてくれたわけではない。
つまり、こっそり布陣しているわけである。
ゆえに、間近でパンパン撃つのも・・・。
これはなにも、夜は掃除機かけたり洗濯機をまわしたり、なんてご近所迷惑的な観点でいってるのではない。
試射し、仰天してしまって撃ち返されたら、たまったもんじゃない。
あちらも、こちらのつぶやきにリプしたいにきまってる。
そうなれば、即開戦。開戦日がはやまってしまう。
教科書やら資料やらつくりなおすのに、どのくらい費用がかかるのか?
それは兎も角、この時刻、周囲に響き渡ってはしまうが、広い黒谷の敷地のほうがまだましであろう。
「くそっ、しょんべんがしたくなってきた」
「ああ?なに餓鬼みたいなこといってるんだ、左之?ちゃんとしてこなかったのか?」
「厠へいったらよ。糞馬鹿の大石と、その糞馬鹿の手下どもが、厠を占拠してやがる。できなかったんだよ」
原田と永倉の会話がきこえてくる。
大石たちによる、厠占拠からの立てこもり事件・・・。
ああ、やはり・・・。
忠告しておいたのに・・・。
心のなかで。
いつの時代も、熱き心の叫びは、万人には理解してもらえない。