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心頭滅却すれば?

 副長の部屋は、奉行所の奥のほうにある。


 その部屋から、笑声がきこえてくる。


 おそらく、奉行所のえらいさんが客人を招くときにつかう部屋であろう。縁側に面している。


 庭はさほどおおきくないが、梅の木が数本と斬新な形の石のオブジェが置いてある。


 縁側をあゆみつつ、石のオブジェをガン見する。


 もとは狛犬とかシーサーとか、一対の石像っぽい。


 一つは、無茶苦茶に殴られたか叩きつけられたかで崩れ落ちているようにみえる。もう一つは、なにか鋭利なもの、刀のような刃物で真っ二つに斬られたかのようになりみえる。


「大石先生が、得物の試し斬りをされた跡だ」

 

 まえをあゆむ俊冬が、振り返ることなくいう。


「「大和守安定」はいい刀なのに、ずいぶんと酷使されているようだ」

「え?それって、あのぼろぼろに崩れたほうですか?いえ、それ以前に、よそ様のオブジェ、いえ、石像か置き物かはわかりませんが、斬ってしまうなんて・・・」


 自分のことを棚にあげ、非難するおれ。


「薪割りをし、とおりかかったときには遅かった。「安定」の峰で叩きまくっておられた」

「いえ、そっちではなく・・・」


 あいかわらずの俊冬のわが道走行。


 俊冬が高速道路をドライブしたら、あおるほうだろうか、あおられるほうだろうか、と考えてしまう。


「通りかかるわれらをみ、難癖をつけられてしまってな。斬れぬのは、おまえらのせいだ、とおっしゃる」


 ごもっとも。まるで悪質なクレーマーだ。


「われらは、気がちいさいゆえ、とりあえずは頭をさげ、詫びた。その最中、もっていた鉈が、いま一つの置き物にうっかりあたってしまい・・・」

「ええっ?じゃぁ、あのきれいに真っ二つになってるのは、鉈で?」


年齢としをとると、掌が震えてどうもゆかぬのう・・・」


 急におじいちゃんっぽい声でいうと、あゆみをとめる。


 副長の部屋のまえである。


 廊下に俊冬と並んで座し、入室の許可を得、障子をあけてなかに入る。


 なんと、相棒が室内でお座りしている。


 視線があう。

 またしても、ふんっと鼻をならされてしまう。


 どんどんないがしろにされてる気がする・・・。おれの顔は、悲しい顔文字になってるにちがいない。


 いや、そこじゃない。


「あ、あの、副長?いくらなんでも、犬を上にあげるというのは・・・」

「かまわねぇ。ここは、おれの屯所じゃねぇ。汚れようが傷つこうが、しったこっちゃねぇ」


 公共のものに落書きしたり、盗んだり傷つけたり、ってのとおなじ考えか?


 まっ、どうせ燃えるんだし・・・。


 いや、いや違う。そういう問題じゃないだろう、おれ?


 本来なら、そういうことを取り締まらなきゃならないはずだ。


 いや、だが、介助犬や盲導犬とおなじではないか?警察犬だって、危急の際には、いや、いまは危急ではないが、兎に角、多少の融通はきくのでは?


「相変わらずですよね、土方さん?」

「ああ、おれがいいってんだ。おれが掟だ」


 葛藤をよそに、笑顔の伊庭に、「探偵マイク・Oマー」を気取る副長。


 障子を閉め、俊冬とともに茶菓子を配る。


 緊張のあまり、掌の震えがとまらない。


 平常心。心頭滅却すれば、である。


 これは、ただの羊羹。


 羊羹も、黴さえとればいと旨し、にちがいない。



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