インスタ映え
左右をみまわす。だれもいない。
これに、掌をつけていいのか?奉行所の人に断りもなしに、「ないない(どこかにしまったりする)」していいのか?
「いいじゃねぇか、主計。伏見奉行所つったら、おんなじ幕府の機関。ここにあるもんは、すべておまえのもんだ」
「いいや。ここにあるものは、奉行所の所有物。その権利は、幕府に帰する。勝手につかっていいものではない」
天使と悪魔、というよりかは「アンパOマン」と「バイキOマン」が、頭のなかで主張しあっている。
紙包みを無駄にすかしてみる。
賞味期限の記載なし。包み紙のこすれ方から、ここ1、2か月内に置かれたものとは思えない。
まさか、お中元の残りもの?
羊羹だとして、賞味期限ってどのくらいだっけ?
いや、それ以前に・・・。勝手に開けていいものかどうか・・・。
「どうせ、このあと燃えちまうんだ」
「いいや、燃えてしまうとかの問題じゃない」
「燃えちまうくらいだったら、いまここで役立てたほうが、羊羹だって本望じゃないか」
「アンパーOチ」が「バイバイOーン」に打ち砕かれそうになった瞬間・・・。
「副長が「茶はまだか」、と仰って・・・。主計、なにをしておる?」
厨に、俊冬が入ってきた。
ちかづいてくると、掌から紙包みをとりあげる。
さっさと紙包みを破く。
さらにさっさと箱を開けながら、ぴかぴかのまな板の上に置き、さらにぴかぴかの包丁を包丁立てから取り出す。
包丁もまな板も、俊冬のものである。
料理人がマイ包丁を晒に巻いてってのは唄にもあるが、かれの場合、背にまな板までしょってることになる。
箱を、二人でのぞき込む。
箱のなか一面に、粉砂糖っぽいものが・・・。
洋菓子?
だとしたら・・・。
時期的に、シュトーレンか?だったら、時間をおけばおくほどいいってゆうし・・・。
そんなわけない、よな。
俊冬が、おもむろに箱のなかからそれをとりだす。それから、まるで林檎の皮をむくように、包丁をすべらせる。
「げえええっ!羊羹?黴の生えた羊羹?」
白いものの下からあらわれたのは、一竿の羊羹。
「ただの羊羹ではない。栗羊羹のようだ」
「いや、そういう問題じゃないでしょう?黴がはえてるって、どんだけ放置してたんでしょうね?」
未来のものとは違い、真空パックとか羊羹用の袋ではないので、黴もすぐにはえてしまうか。
「黴?どこにはえておる?いまは、はえておらぬ」
「ちょっ、なにいってんですか?真っ白だったでしょう?」
男前の微笑み。
一口大にきり、小皿にのせる。そこに、どっからもってきたのか、竹の楊枝を添える。
カットされたその羊羹のなかで、栗がド派手に自己主張している。
インスタ映えする羊羹へと、変貌を遂げる。
「なかは、なんともない。それに、白黴は大丈夫だ」
「たしかに、赤色よりかは・・・。いや、やはりちがいます。ちがいますよね?」
おれが淹れかけていた茶のつづきを淹れ、すがりつくおれをスルーしまくる俊冬。
まさか、賄でもこんなことを・・・。
「案ずるな。われらは黴も含めたあらゆる菌について、造詣がある。それに、わたしは調理の玄人。賄いにヤバイものはださぬ。茶は、わたしが運ぶ。羊羹をもってきてくれ」
そう告げると、とっとと厨をでてゆく。
菌に造詣って・・・。
盆をもつと、慌てて追いかける。
これをおれが運んで食あたりにでもなられたら、おれの過失になる。
俊冬は、絶対におれに罪をなすりつける。
まちがいない・・・。