憧れの「八郎」と「主計」
「ああ、伊庭先生。失礼いたしました。相棒のことを仰ってられたのですね」
双子に邪魔されぬうちに、伊庭と話をしておきたい。
いや、是が非でも、そうすべきである。
「伊庭の小天狗」・・・。
このイケメンの実家は、江戸でも有名な道場の一つ「練武館」。かれは、そこの跡取りなのである。
掌で合図を送ると、相棒が玄関のうちに入り、伊庭の足許でお座りする。
「うわー、精悍だな。相馬殿、触ってもいいですか?」
伊庭は両膝を折りながら、きいてくる
「どうぞ。あっ、主計でいいですよ」
さりげなく、名で呼ぶよういいそえる。
だって、「伊庭の小天狗」と、「八郎」、「主計」ってタメで呼び合うって、素敵じゃないか?
「やはり腐隊士だ。ビーエル野郎、と申しておる」
いまのはもちろん、相棒の代弁者たる俊春。
が、囁きではない。
相棒の顎をかいてやっている伊庭の向こうから、フツーに叩きつけてくる。
「断じてちがう。腐隊士でもBLでもない。だって、伊庭八郎ってすごいんだぞ。そんなすごい人と、タメで付き合えたら素敵じゃないかっ」
顎をかいてもらいながら、虚ろな瞳を向けてくる相棒。
顎をかきながら、「こいつ、ヤバイ系か?」、という表情を向けてくる伊庭。
玄関のまえまで響き渡ったその宣言に、こっちをみながら大人も子どももひそひそ話をしている。
「伊庭君、すまないな。いきなりで驚いたであろう?主計は・・・。ふふっ、大好きなのだ」
「さよう」
謎めいた俊冬の、ってか、意味わかんねー言葉に、力いっぱい同意する俊春。
玄関先にいる外野は、いまやひそひそではなく、フツーに「主計の変態野郎」、とかいってるし・・・。
「さぁ伊庭君、副長は奥だ。きたまえ」
伊庭をうながす俊冬。
そして、草履を脱いできちんとそれを揃え、、双子とともに廊下をあゆみだす伊庭・・・・。
完璧、誤解されてる・・・。
冷たい廊下に四つん這いになり、奥へと去ってゆく三つの背をみつめるおれ。
チーン・・・。
「ウッシッシッシ」
相棒のケンケン笑いが、身に沁みすぎる。
気になりすぎるので、小姓の仕事をおれがすることにした。
まあ、もともとそのまとめ役だし、おかしくはないはず。
つまり、茶をもってゆくのである。
「熱すぎずぬるすぎず、濃すぎず薄すぎず・・・」
呪文のように呟きながら、慎重に淹れる。
副長、なんてワガママなんだ。
「だったら、自分で淹れろっていうのよ・・・」
「茶は、女子が淹れるもの」という、昭和チックな会社に勤めるOLのごとく、文句をたれてみる。
えーっと、茶菓子茶菓子・・・。
なにせ、よそ様の仮宅なので、勝手がわからない。
納戸をひらけると、紙に包まれた細長い箱がでてきた。
羊羹?竿菓子?
すくなくとも、新撰組のもんじゃないよな・・・。
茶には茶菓子・・・。
人生でもそうおおくはない、重大な選択に迫られるおれ・・・。