またもやイケメン登場 その名も伊庭八郎
おまささんも産みの苦しみのあとの疲労感は漂っているものの、とくに問題はなさそうである。
大活躍のお孝さんは、いったん自宅へ戻る。
局長のことを伝え、自宅に戻ったほうがいいということになったからである。
おまさささんの実家からきてくれた小者に、引っ越しの準備、子どもらの面倒をみるのをお願いし、おれたちは原田の家をあとにする。
伏見奉行所へと向かう。
てんやわんやの大騒ぎである。
局長と一番組の井上が、伏見の船着場から大坂へと送られた。
局長は、最後まで反対された。
このばたばたした時期こそ、お飾りであっても自分がいなくては、と。
それでも、副長や双子の説得の甲斐あり、大坂城へゆくことを了承してもらう。
もちろん、これからのことは伝えないでおく。
伝えようものなら、舌の根もかわくことなく残留する、なんてことになる。
年末年始の気分などぶっ飛んでしまう。
それをいうなら、息子が生まれたばかりの原田ですら、副長にこっそり報告したくらいで、育児休暇を申請したりなんてこと、あるわけない。
小常さんのことは伝えたておいたので、原田は奉行所につくなり永倉に声をかける。
「さぁ、呑みにゆくぞ。おいおい、昨夜は、おれ抜きで呑んだって?ならば、いまからおれと、だ。問答無用。土方さんに切腹だっつっていわれても、かまうもんか。主計がかわりにやってくれる」
はい?代理切腹・・・?
それは兎も角、二人は昼日中からどこぞに呑みにゆき、その夜、遅くまでかえってこなかった。
副長がしらぬふりをしているのは、いうまでもない。
「兼定は、わたしのものだ」
「いいや、わたしのものだ」
「しずまれいっ、童ども!兼定は、沢庵とひきかえにわたしがいただく」
「なにを申すかっ、兼定は、そんな男ではないっ」
「ずるいっ、ずるいっ、大人だからってずるいよ」
「そうだそうだ」
相棒・・・。罪な犬め。こんなに大勢の男どもを虜にして・・・。
当犬は、お座りし、ふあーっと欠伸をしている。
奉行所の玄関先で、この夜、だれが相棒と褥をともにするのかということを、争っている。
相棒は、それをゆるーい表情で眺めている。
さらにそれを、おれは奉行所の上がり框に腰掛け、頬杖ついてみ護っている。
もう間もなく、旧屯所から布団が運ばれてくる、はずである。
井上の、こちらは元気なほうの井上の七番組が、とりにいっている。
なのに、相棒をめぐって争いが起こっている。
「こんにちは」
その諍いを物珍しそうにみつつ、武士が玄関先にやってきた。
新撰組がここに越してきたことは、まだ周知されていないのだろうか。
いやいや、回覧板や広報などでしらせていなくとも、でかでかとした「誠」の隊旗を、門前に掲げている。
これはちかづいたら最後、絶対にヤバイということは、一目でわかるはず。
それなのにやってくるというのは、かわり者か怖い者しらずであろう。
あるいは、刺客か・・・。
とても爽やかな若者である。
どこかでみたことがあるような、ないような・・・。
そうこう考えていると、若者は玄関先の相棒をみてから、おれに話しかけてくる。
「あれが噂の狼みたいな犬、かな?こんにちは、伊庭八郎と申します」
え?
伊庭八郎?あの伊庭八郎・・・?
驚きのあまり、無礼にも座ったまま二度見、三度見してしまう。
もちろん、伊庭の写真もwebでみたことがある。
だが、沖田や原田とおなじく、美男といわれているわりにはのっぺりとした顔だな、と思う。
浮世絵に描かれているかれのほうが、よほどかっこいい、とも。
なのに、めっちゃかっこいいじゃないか。もろジャOーズ系である。
これでいいとこの坊ちゃんなんだから、モテぬはずはない。
いや、いつもいうように、男は顔じゃない。容姿じゃない。それに、おれは、伊庭も大好きだ。
そっち系の意味でではない。
伝えられているかれの男気、潔さ、なにより強さは、尊敬に値する。
「あの・・・。わたしの相貌に、なにかついていますか?」
「嗚呼ぁぁぁ、これは、失礼いたしました。伊庭先生、お噂はかねがね」
しどろもどろに応じる。
web上での噂は、いろいろみまくっている。
「相馬、相馬主計と申します。伊庭先生、お会いできて光栄です」
「相馬殿?ああ、永井老からきいていますよ。永井老、なんていったら、叱られるのですがね」
伊庭は、ペロリと舌をだす。
なんてペロリが似合うんだ・・・。
「兼定、ですよね?」
「は?いえ、「之定」、ですが」
「相馬殿・・・」
伊庭は、おれの左腰に視線を落とす。
そこでやっと、勘違いしていることに気づく。
伊庭越しに、相棒がこちらをじっとみている。
「『てへぺろ』っなんていっても、ちっともかわいくないぞ、と申しておる」
左耳に囁かれる。
「きゃーーーーーっ」
おねぇもよもや、というくらいの金切り声をあげてしまう。
玄関先で揉めている大人も子どもも、いっせいに注目する。
「兄上、『てへぺろ』とは、いったいなんでしょうか?」
「おおっ、伊庭君ではないか?」
俊春の問いを、スルーする俊冬。
『てへぺろ』なんて、思っちゃいないぞ、相棒・・・。
この場合は『チーン』、だろう?
「俊冬殿、俊春殿。お久しぶりです」
なんてこった。双子は、伊庭とも懇意にしているわけか?