「龍彦」の命運・・・
いや、まてよ・・・。
ここでとんでもないことに思いいたる。いや、思いだす。
この子はたしか、原田が鳥羽伏見の戦いにでたあとに産まれるはず。そして、一週間かそこらで夭折する・・・。
そんな、まだ産まれたばかりなのに・・・。
PCの画面で文字をよむのと、こうしてお猿さんみたいな子を抱き上げ、ふにゃふにゃ泣いているのをきくのとは違う。
こんなに元気な子を、死なせたくない。せっかくこの世に産まれてきたのに、なにゆえ死なねばならぬ?
死なせたくない。生き抜いて、この世をみてほしい。感じてほしい。
すぐさま、双子と協議する。
お孝さんは、子守をしながら後片付けに奔走している。
「おまさ、よくやった。立派な男児じゃないか」
原田は、おまささんの枕元に胡坐をかく。すこしやつれたようにみえるおまささんの頬を、やさしく撫でながら話しかける。
協議の結果、原田に事情を告げた。
産まれたばかりの子が、すぐに死んでしまうなんてこといいたくもないが、そうもいっていられない。
小さな小さな生命を助けるためには、違うレールを準備しなくてはならない。
「おまさ、すまねぇ。もうじき、戦になりそうだ。無論、おれもゆく。茂とこの子を連れ、実家にかえれ。実家には、おれからきちんと話をしておく。おれが迎えにゆくまで、三人で実家でまっていてくれ。それまで、二人を頼んだぞ。二人を、立派な武士にしてくれ。あ、いや、武士にせんとな」
一瞬、原田は自分の死期を悟っているのかと、ひやっとする。
おまささんは、原田のいうことに口をはさまず、理由をきいたり泣き言や不安を口走らず、ただ一言「三人でまっています」、とだけこたえる。
頭の下がる思いである。
「原田先生、命名を」
俊冬が、硯と紙をもって入ってくる。
この際、硯や紙をどっからぱくってきたのかは、スルーすることにする。
いや、いまのはジョークでも言葉遊びでもない。
「そうだな・・・。茂は、将軍様から一字をもらったが・・・」
指で顎をさすりながら、原田は思案する。
おまささんをはさんで座っているおれと、視線があう。
「主計、親父さんの名は?」
「え?親父の名前ですか?たつひこ、ですが・・・」
原田は、にんまり笑う。
「よしっ、決めた。たつひこ。たつひこだ。おまさ、主計は兎も角、主計の親父さんは、立派な剣士だったらしい。武勇にあやかろう」
「主計は兎も角って、どういうこと・・・」
苦笑するしかない。
原田の気持ちがうれしい。親父もきっと喜んでくれてるはず。そして、護ってくれるだろう。
リアルな運命から・・・。
俊冬は、すらすらと紙に筆をはしらせる。
『命名 龍彦』
驚いてしまう。
親父とおなじ漢字・・・。
俊冬と視線があうと、華奢な肩をすくめる。
「われらは、「密教占星術」や「陰陽道」を心得ておる。字のもつ意味から、これがいちばんふさわしいと」
「はいはい、わかってますよ。俊冬殿。ちがいます。親父とおなじ漢字だったので、驚いただけです」
「原田先生、この名なら、主計とちがって立派な武士になりますよ」
俊春が、陰険きわまりないいことをいっている。
「失礼な。なにゆえ、主計とちがって、などと・・・」
「ことあるごとにひっくり返る武士など・・・」
「だーっもうっ、虚弱体質みたいにいわないでください」
俊春にかみつき、全員に「しー」っといさめられる。
おれのイメージは、ことあるごとに倒れる虚弱体質腐隊士にちがいない。
「超絶虚弱体質腐隊士、新撰組の底辺からのしあがるぞ!」
っていうタイトルの小説でも書いて、web投稿サイトにでも投稿したら、よんでくれる人がいるだろうか?
「龍彦か・・・。龍のように強く、空を駆ける・・・」
原田がわが子を抱き、語りかけて言葉をとめる。
はっとしてしまう。
そうだ、おなじ字をもつ男。その男の運命を、おれたちがかえた。
「大丈夫。案ずるな、龍彦。成長し、立派な武士になれる。なんなら、刀の鞘を置いてゆくぞ」
「いや、原田先生。べつに刀の鞘がラッキーアイテムってわけでは・・・」
突っ込みかけたが、よくよく考えると、刀の鞘を探す段階で松吉と知り合い、それが双子との奇縁につながった。
それが、坂本、中岡、おねぇ、藤堂、毛内、服部、久吉に一番組の井上の生命を救い、沖田のそれをも救うかもしれない。
ならば、ラッキーアイテムどころか護り神だ。
「あの鞘を置いてゆこう」
原田は、龍彦をおまささんの横に戻すと、立ち上がってでてゆく。
戻ってくると、あの例の鞘を掌に握っている。
「「近江屋」で取り返したやつだ。まぁそのあと、おまさの実家で融通してもらった刀を遣ってるし、こっちは必要ない」
「なら、刀ごと龍彦君の佩刀として譲られたほうがいいのでは?原田左之助の想い、心意気がこもっているでしょう?」
おれの提案で、俊春が刀を鑑定してくれる。
この場合の鑑定は、真贋や売買価格のことではない。刀自体のもつ気質。つまり、龍彦に譲っても害はないか、ということである。
「もともともってたやつが、池田屋でぶっ壊れたんで、斎藤に古道具屋でみつくろってもらった」
さすがは原田。槍以外のこととなると、なんのこだわりもない。
「負の気は感じられませぬ。ご子息に譲られましても、とくに問題ありますまい。業物か、ということになりますと、そちらは・・・」
「おっ、そっちはいい。なんせ、たったの一両だ。おまえらの腰のものほど、期待してはいない」
「一両?」
双子とトリオッてしまう。
原田、どんだけこだわりがないんだ?