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小常さんの死

 すっかり夜も更けている。


 一度だけ、いったことがある。

 めずらしく、永倉が誘ってくれたのだ。

 そのときには、原田も一緒だった。


 こじんまりとした京づくりの家で、小常さんの手入れがよくゆきとどいた、居心地のいい家である。


 不動堂村の屯所の、すぐちかくである。


 ちょっとひろめの長屋形式の家。表の木戸は、閉ざされている。


 その一画をぐるっと迂回し、裏へまわってみる。


 ちいさな用水路は、ここらあたりの住人が、洗濯や食器、野菜などを洗うためのものである。


 ちろちろと、水が流れる音がする。

 静寂満ちるなか、その音はリラクゼーション・ミュージックのように心地よい。


 のぞきこむと、水面にお月さんも顔をのぞかせている。


 ちいさな裏庭があり、それぞれが板塀で囲われている。

 なかには、板塀をとっぱらい、盆栽やら道具類やらを共有地にまたがり置いている家もある。


 永倉の家の裏木戸は、壊れている。取っ手に掌をかけると、すっと開く。


「お邪魔します」

 一応、断りを入れる。


 知り合いの自宅とはいえ、これは不法侵入である。


 格子戸を控えめに叩いてみる。なんの反応もない。


 数十秒後、相棒の綱に感触がある。


 みおろすと、相棒が尻尾を振っている。


 すると、そっと格子戸が開く。


「主計・・・。大丈夫なのか?」

 俊春である。


 いつもと違い、なにかくらーい感じがする。


「だれだ?」


 永倉の声。奥のほうから尋ねてくる。

 

「永倉先生、おれです。主計です」


 俊春の向こう側に、ひかえめに告げるも応答がない。


 俊春が脇へどき、なかへ入れてくれる。


 ちいさな厨である。

 竈と洗い場と、壁に作り置きっぽい棚が何段かある。


 竈には火が入っており、鍋がかかっている。


 どうやら、湯を沸かしているようだ。


 灯火はないが、竈の火だけで充分明るく、あたたかい。


 相棒にはその厨でまつよう指示し、なかへとあがりこむ。


 嫌な予感しかない。

 心ここにあらずで、三和土で脱ぎ捨てた草履を揃え忘れる。


 俊春のあとについて、廊下をすすむ。

 俊春は、二つめの部屋のまえで歩をとめ、しずかに障子をあける。


 布団に横たわる人間ひと

 顔の上に白い布がかぶされている。


 その枕元に寄り添う永倉・・・。


 小常さんは、亡くなったのだ。


「あの・・・。永倉先生、なんていったらいいか・・・」


 動転して、なんていったらいいかわからない。


 永倉の横に、そっと座す。


 遺体が、白い着物をまとっていることに気づく。


「俊春が、湯灌もやってたってんでな・・・。こいつら、いろんなことやってるんだな・・・」


 永倉がいう。

 声音が震えている。


 ただ、話したいだけなのであろう。


 ちかしい者が亡くなったときにある、心理現象・・・。


「主計、おまえ、しってたんだろう?このまえ、きいてきたよな?小常が元気かって・・・」

「ええ、すみません。あのときに・・・」

「いや、あのとき、おまえがきいてきたことで、おれは確信した。ゆえに、磯を、懇意にしている女性ひとにあずけることができた。小常についていてやりたがったが・・・」


「いったい、いつ?」


「二条城にいたときのようだ」

 永倉にかわり、俊春が応じる。


「手配はすべて、俊春がやってくれた。明日、埋葬される。今宵だけは、いてやるつもりだ」

「ならば、明日、埋葬がおわるまで・・・」


 死に水をとれなかった。


 どれだけ辛いだろう。


「いいんだよ。いいんだ・・・。呑むぞっ、おまえらも付き合え。くそっ、二人とも呑めねぇんだったな」


 永倉は、しめっぽいとばかりに勢いよくたちあがり、そう宣言する。


 それから、とっとと部屋をでていってしまう。


「おうっ兼定、おまえもきてくれたのか。あがれあがれ。かまわねぇ、ともにいてやってくれ」


 厨のほうから、そんな怒鳴り声が流れてくる。


「二条城で、兄も先生の気の乱れを感じていた。用事がおわりしだい、よると申していた。おそらく、副長も連れてまいるであろう」


 俊春がいった通り、呑みはじめてしばらくすると、副長と俊冬がやってきた。


 事情を察すると、二人ともなにもいわず、ただ注がれた酒を呑んだ。


 この夜ばかりは、五人で呑みに呑んだ。


 相棒は、小常さんに寄り添い眠った。


 きっと、寂しくないだろう。ささやかな通夜である。


 翌日、永倉は副長と伏見奉行所にむかった。

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