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写真の子

 おれか?ああ、おれだ。


 いくつのときか・・・?


 親父の机を整理していたときに、キーボードの下からでてきた一枚の写真。


 おれと同年齢おないくらいにみえる、二人の男子が写っている。


 親戚の子か?


 親父の実家にいったのは、一度きり。

 そのとき、なん人か子どもがいた。いとこたちである。


 だが、この写真の子はいなかった。


 もちろん、みていないいとこもいる。


 死んだ母さんは一人っ子である。ゆえに、母方にいとこはいない。


 いつもだったら、もとに戻しておいたはずの写真。


 なにかの事件か、兎に角、仕事関係の写真かもしれない。


 なにゆえか、その写真が気になって仕方がない。


 どこかの病院らしきところで撮られた写真・・・。

 

 なにゆえそれが病院かと判断したかというと、バックが真っ白で、その子たちは手術や検査のときに着用する真っ白なものを着ているからである。


 その夜、親父ははやくかえってきた。


 はやいといっても、日付がかわるまえくらいである。


 親父の仕事は、ブラックである。


「おかえりなさい」


 玄関ででむかえると、親父は照れたように微笑む。


「こっそりかえってきたつもりだったが。起こしたか?」

「ちゃう。トイレや。トイレいこ思て」


 いつもとおなじ嘘をつく。


 親父もそうとわかっていて、おなじことをきいてくる。


 親父は、いつもとおなじように台所に直行する。

 コンビニで買ってきた紙パックのミルクを、コップにつぐ。


 親父は、「ミルクを飲めば背が伸びる」信奉者である。

 もちろん、おれにもすすめ、自分もつねに飲んでいた。


 それって、育ち盛りに飲むから効果があるんじゃね?

 そのことに気がついたのは、高校のとき。


 親父も小柄である。

 それでも、背の高い選手から、ぱんぱん面を奪った。


「父さん、写真。なんや、しらん子が写ってんで」


 親父に、その写真をみせる。


 親父がをみはった、ような気がする。


 掌にとり、シンクの蛍光灯にかざす。


「机の上に?以前、あつかった事件関係者の子どもたちだ」

「ふーん。病気なん?病院みたいや」


 親父は、つかったコップを洗うと拭き、食器棚に戻し、紙パックのミルクを冷蔵庫にしまう。


「生まれつき悪いらしく、ずっと病院にいる・・・。さぁ、もう寝なさい。明日は、早朝稽古があるんだろう?」

「そや。ほんま、いやんなる」


 これも嘘である。

 朝、起きるのが辛いときがある。が、基本的には、いつの稽古だって嫌いじゃない。


 なにより、親父が覚えていることがうれしい。


「この写真、処分しておこう。この子たちも、おまえとおなじように成長する。いつか、病院からでるだろう」


 一瞬ではあるが、親父のいい方と、そこにこめられた悲しげな響きが気になった。


「つぎの試合、約束はできないが、休みはとっている。事件やまさえ入らなければ、応援にいくよ」

「ええっ!マジで?」

 

 期待は薄い。9割の確率で、事件やまや問題ごとが生じるから。

 だが、その気持ちがうれしい。


 それでその写真のことは、すっかり消え去った。



「主計、どうだ、気分は?」


 瞼をひらけると、井上の心配げな顔がある。


「うわっ!ここ、どこですか?おれは?」

「まったく・・・。ここは伏見奉行所だ。二条城で倒れたおぬしを、島田が運んでくれた。副長が呆れていたぞ。駆けつけたら、おぬしがぶっ倒れてた、と」


 やはり・・・。

 気を失うまえのあの声は、副長だった。


「それで、局長は?井上先生は、あ、一番組のほうの井上先生は、大丈夫ですか」

 布団を跳ね飛ばし、起き上がりながら尋ねる。


 井上が、ちいさく笑う。


「俊春の応急処置と会津の医師見習いの手当てで、生命いのちに別条はない。が、どうも筋かなにかを切断されているらしい。明日、船で大坂へ運ぶことになった。大坂なら、会津藩のお抱え医師がおるのでな。主計、いとこを救ってくれたこと、礼を申す。こちらも生命いのちに別条はないが、どうも右半身が、軽くしびれておるようだ。ともに、大坂へ送る」


 よかった・・・。

 軽く麻痺・・・。時間がかかりすぎたんだ。


 リハビリで、ADLを取り戻せるだろうか・・・。


「すみません。おれがもたもたしたものだから・・・」

生命いのちが助かっただけでも御の字だ。それに、しびれと申しても、たいしたことはなさそうだ。卒中で助かっても、体躯が動かぬ爺様や婆様は、あんなもんじゃないからな。おぬしがいてくれたからこそ、いとこはあの程度ですんだ」

「いとこ?」


 同姓でも親類ではないと、なにかの資料でよんだ記憶がある。見間違いか?それとも、じつは、そうだったのか?


「あぁ誠の、という意味ではない。たがいに呼ぶのによびにくい。なにより、説明を省ける」


 なるほど。


「一番組の井上さんは、御親類ですか?」ときかれるまえに、「いとこといっておけ」的に、先手をうっているわけか。


「それで、主計。もう起きて大丈夫か?」

「え?ええ、ええ」

「なればその布団、ほかに譲ってやってくれ。みな、寒さに凍えておる。屯所から、布団を運ぶ間もなくてな」


 阿部らの襲撃の際、助けにきてくれた隊士たちの会話を思いだす。


「それと、兼定が・・・。はやくいってやれ」


 おおっと。相棒。相棒の貞操の、もとい、体が危機だ。


 井上にあらためて礼をのべると、寝ていた部屋から飛びだす。


 このときみた夢のことなど、すっかりぶっ飛んでしまう。



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