びびらせ上手
血刀をぶらりと下げたまま、茫然と立っている武士がいる。
裃姿の武士が、その隣でなにやら話しかけている。
「其許か?新選組の局長を斬ったのは?」
永倉は、「手柄山」の鍔に掌をかけたまま、その藩士のまえに立つ。
「新選組二番組組長、永倉新八」
あからさまな殺気に、相手はびびっている。
「水戸藩目付、梅沢。上様より、この二条城の守護を任されている。こちらは、家老の大場」
寄り添っているほうが、上から目線で応じる。
フルネームで名乗らないあたり、こっちを下にみている。
あるいは、動転しているのか。
「刃傷沙汰にいたった経緯を、説明いただこう」
永倉の肩をやさしく叩き、まえにでる俊冬。
梅沢と大場が息を呑んだのが、はっきりとみてとれる。
そういえば、芹澤元局長の暗殺を水戸藩から依頼されるはずだった、といっていた。
将軍個人的に信頼されているわけではなく、水戸藩そのものと親交があるのか・・・。
「と、俊冬殿・・・。其許らには・・・」
梅沢がいいかけるのを、四本しかない掌を上げ制する俊冬。
「口頭でのごまかしは結構。失礼ながら、大場殿の心中をよませていただいた。われらに関係ないと、お思いか?われらはいま、新撰組で世話になっておる。近藤様に遣っていただいておる」
低い声音は、それだけで相手を恫喝できる。
「われらは、永倉先生のように礼儀正しくなく、武士道も人道も心得ておらぬ。此度のことは、われらから上様に報告する。お咎めなし、にするように。うわべだけの沙汰よりも、血をみるほうがわれらも愉しみができてよいからな。以降、昼夜を問わず、警戒されよ。めざわりだ、失せよ」
すごい。びびらせかたが半端ない。
梅沢や大場のみならず、水戸藩士たちの蒼ざめた表情・・・。
梅沢も、いい返す言葉はないようである。
そそくさとでていってしまう。
「神保家郎党新吉兵衛と申します。主命でこれへまいり、たまたま通りかかりました。わが藩の医師は大坂へまいりましたが、医師見習いが黒谷におります。朋輩と、そちらの馬の口取りに、それを呼びにいかせました。もう間もなくまいるかと」
井上を介抱してくれている初老の武士である。
どことなくみた顔だと思っていたが、黒谷の武士だったのか。
「ありがとうございます。井上先生は?」
局長は、俊春が島田にかわって応急処置をしている。
どうせ双子は、医師のスキルもある、なんてこといいだすはず。
難しい病気や怪我は無理でも、応急処置程度ならできるにちがいない。
新から井上を引き継ぐ。
え?息をしていない?
頭のなかがまっしろになり、一瞬、思考が停止してしまう。