目には目を?それとも、やられたらやり返せ?
ダッシュしつつ、なにげに永倉の左腰をみると、「手柄山」の鯉口をきっている。
「ちょっ、永倉先生、なにゆえ鯉口を?」
じゃっかん息を弾ませ、尋ねる。
「きまってるだろうが。局長を斬ったってやつを、殺るんだよ」
まったく息を弾ませることなく、世紀末チックなことを平気でいってのける永倉。
「だめですよ、永倉先生。相手はきっと、水戸藩士です。リスクおおすぎです。いえ、お咎めがあります」
ますます息があがってしまう。
「水戸藩士はな、新撰組をなめてやがる。向こうからさきにやってきたんだ。お咎めがあるとすりゃ、向こうだ」
永倉は、なにゆえ息があがらぬのであろう?
いや、そこじゃない。
二の丸御殿へ入るまえに、相棒にまつよう指示する。
砂利の上にお座りし、心配げな表情でおれたちをみ送る相棒。
二の丸御殿の廊下は、はやあるきにとどめる。
「廊下ははしらない!」と、紙がはられていそうだ。
人っ子ひとりおらず、静かすぎる。
「俊冬殿、永倉先生をとめてください」
これだけ静かだと、つい声を潜めてしまう。
まえをあるく俊冬の背に、訴える。
すると、男前の顔をわずかに向けてくる。
「永倉先生、あなたの剣は、つまらぬ藩士を斬る為にあらず。その藩士は、今宵のうちに馬に蹴られるか、この二の丸御殿の屋根から落ちるか・・・。不慮の事故ではてましょう」
「そいつあいい。面白そうだ」
「なにいってるんです、お二人とも」
呆れかえってしまう。
「深更、お濠で寒中水泳中に、心の臓が止まるという不幸なできごともございます」
さらに、さらに、俊春がおしてくる。
「だめです。まずは、状況をたしかめないと。もしかすると、局長がさきに抜いたかも、ですよ?」
永倉が笑いだす。そして、双子も。
「おまえなぁ、いちいちめくじらたててちゃ、長生きせんぞ」
「からかったんですね?まったくもう」
いつのまにか、いじられキャラになっているのか?
「それによ。おまえのいう、局長がさきに抜くってのも考えられん」
永倉は、廊下を脚ばやにあるきながらつづける。
「なにゆえです?」
局長が猪突猛進、短気粗暴で世直し型の性質とは思わないが、「雨にも負けず」的な性質でもない。
とくに、仲間のことを言われれば、かっときてもおかしくない。
長谷川という水戸藩士が、局長が訪れた際のことを書き記している。
現代でのひと昔まえの表現でいうところの、「近藤は、激おこぷんぷん丸状態でクレームをつけ、いい合いののちにムカ着火ファイヤー状態で去っていった」、という。
「おまえ、局長の剣をみたろう?局長がさきに抜いて、相手が反撃できると思うか?反撃どころか、頭頂から真っ二つか、頭が潰れるかってところだ」
内容はすさまじいが、たしかにそうだ。
さらにいうなら、先手をとられたということもない。
なぜなら、相手が鯉口をきった時点で、局長の一撃がきまるはず。
だまし討ちか、あるいは・・・。
まえをあるく俊冬が、注意をうながしてくる。
前方の部屋で、人が出入りしている。
しれず、駆けだす。
会議などをする大広間である。三十畳くらいはあるだろうか。
島田が倒れている局長の傍らで膝をつき、止血を試みている。
そこからすこしはなれたところで、護衛の一番組隊士の井上が倒れていて、みしった相貌の武士が膝に抱えて呼びかけている。
水戸藩士らしき武士たちは、遠巻きに突っ立っているだけ。
水戸藩の藩士に、梅沢孫太郎という人がいる。
将軍となった徳川慶喜の随員の一人として、京にやってきた。
そして、その慶喜が京から大坂へ下坂する際、二条城守護を任せたのが、その梅沢である。
局長は、二条城の守護を巡って水戸藩士たちと衝突する。その筆頭が、梅沢である。