布団と飛脚
「おーい、無事か?」
永倉を筆頭に、まだ屯所に残っていた数名の隊士たちが駆けてくる。
「組長、連中です。追いますか?」
のっぽの隊士が額に掌をかざし、駆けてゆく阿部をみている。
永倉が、おれたちに視線を向ける。
そうとわからぬほどに、頸を横に振る。
「いや、いい。銃をもってやがる。どっかに伏兵がおるやもしれん。よし、おまえたちはこのまま伏見奉行所へゆけ」
一見、理にかなった内容のその命に、「おや?」と思った隊士がいたとしても、なにもいわない。
「承知」
そう応じると、全員が伏見奉行所のほうへと去ってゆく。
「ううっ、寒いな」
「奉行所に、人数分の布団はあるかのう」
「すっかり忘れておった。布団など、宿直ぐらいしか使わぬであろう?」
「ならば、布団は全員分はないというわけだな・・・」
などといいながら。
他人事ではない。
たしかに、そのとおりである。
おまささんの実家からいただいた布団。あれがないと、「寝たら死ぬぞ」の世界だ。
木の上から篠原たちを攪乱していた俊春もやってきた。「宗匠」を連れている。
さきほど、「宗匠」にひとっ走りして戻ってくるよう、いいつけたらしい。
「永倉先生、相棒は?相棒のしらせで、きてくださったのですよね?」
永倉に問うと、永倉は一つ頷く。
「向かう準備をしていたところに、兼定が文をもってきてくれた。土方さんが兼定に文をもたせ、二条城へ向かわせた」
「え?副長が?」
驚いてしまう。
副長の命令に応じるってところもだが、そもそも、それを理解するというところにも。
「おや?その兼定だ」
俊春が、耳を澄ませながらいう。
どれだけ耳をすまそうが、おれにそれがわかるわけもない。
2、3分とおかず、爪が地を蹴る小気味よい音をきくことができた。
そういえば、爪も切ってやらねば・・・。
どうやって?やはり、小刀でだろうな・・・。うまくできるだろうか・・・?などと、どうでもいいことを考えてしまう。
「相棒っ」
相棒がやってくると、掌を上げ座らせる。
「まずいな・・・。すぐに二条城へまいるぞ」
呻くようにいう俊冬の声には、いままでにないほどの緊迫感がある。
「どうした?なにが?」
「え?二条城で、なにかあったのですか?」
問いが、永倉とかぶる。
「局長が、斬られたらしい」
俊春の声もまた、緊張している。
相棒は、それをしらせにきてくれたのである。
それを、双子がよみとったのである。
永倉と驚きの叫びを上げるまでに、おれたちは駆けだしている。
二条城へとむかって・・・。
「宗匠」は、大の男二人を乗せても平気で駆けてくれる。
おれが手綱を握り、うしろに永倉をのせ、二条城に向かっている。
まさか、馬の二人乗りが咎められることはないよな?
相棒が一馬身ほどさきを駆けている。
そして、「宗匠」の左右では、双子が自分の脚で駆けている。
曰く、これも忍びの術の一つ、らしい。
たぶん、五輪にでてくる短距離走者以上のスピードであろう。
二条城まで、このスピードで駆けつづけられるとしたら、これもまた人間業じゃない。
「われらは、飛脚の経験もある」
息一つ乱すことなくさらりというのは、もち俊冬。
「わかってます。そうくると思いましたよ」
「佐川O便」のロゴマークである飛脚を思い浮かべながら、苦笑する。
ああ、あそこのロゴマークも、現代風にかわったのだったか?
そういえば、「佐川O便」も京、もとい京都に本社がある。
どうでもいい話だが・・・。
「まさか、かようなところでひずみがでるとはな」
つづけられた言葉。
阿部たちに撃たれなかったかわりに、斬られたというのか?
「「宗匠」、急いでくれ」
焦燥が心を満たす。
二条城につくまでに、永倉に事情を伝えることができた。
ゆえに、門内に駆けこむなり、鞍上から飛び降り、自分の脚で駆ける。