地球は丸いよね
阿部ともう一人、富山弥兵衛が、小屋のまえで地に片膝つけ、銃を構えている。その銃口のさきは、枝上で手裏剣を投げている俊春に定まっている。
富山とは面識はないが、襲撃メンバーのなかに入っていることをしっているので間違いない。
富山は、薩摩の出身である。なにゆえか新選組に加入した。それが間者としてだったのかはわからない。
実際、その嫌疑をかけられた。
それをおねぇが口添えし、加入が認められたと、ウィキに記載されていた。
その真偽は兎も角、富山は拡散野郎坂井とは違う意味でおねぇに従ったのであろう。
ウィキに記載されているとおり、めっちゃ太ってる。
空気だけで太る体質にちがいない。
それは兎も角、新選組では、大砲組の伍長をつとめていた。
いまも、銃の構え方はさまになっている。しかも、さきほど発射した弾丸は、命中している。
もっとも、的が特殊だったのでそこは残念であるが。
兎にも角にも、飛び道具全般に精通しているのであろう。
「あの太っちょとは面識がない。好都合。主計、参るぞ」
茂みからでてゆこうとする俊冬の肩を掴み、ひきとめる。
「ちょっとまってください。向こうは、銃をもっているんですよ。撃たれたらどうするんです?」
「よければいい。あるいは斬ってもいいし、掌でうけとめてもいい」
「地球は丸い。それがどうした?」的な表情の俊冬。
「そんな馬鹿な。おれには、そのどれもできませんよ」
「そうなのか?」
「じつは、地球はまっ平だ」と、きかされたかのような表情になった。
「案ずるな。あたっても、この距離。弾丸は、貫通する」
「いや、そんな問題じゃないでしょう?貫通しても、体のそこかしこ吹っ飛ばされれば、死んでしまいます」
「ささいなことにこだわるのだな、主計?発射させぬ。それでいいであろう?退くよう、丁重にお願いするだけだ。きこえるであろう?複数人が駆けてくる音が」
ツッコミどころ満載すぎる。
レベルが高すぎて、ツッコミかたがわからない。
仕方なく、耳をすませてみた。
が、寒風のヒューヒューという囁きしかきこえない。
「いやー、寒いですなぁ」
まだ心の準備ができていない。
それなのに、わが道をゆきまくっている俊冬は、叫びながら立ち上がってとっとと茂みをかきわけあるきだした。
「なっ、ななっ」
不意打ちされ、阿部も富山も尻もちついてびびっている。
同時に、こちらを向いた。
阿部は俊冬とみとめ、すぐに立ち直ったようだ。
いつもながら、俊冬の破天荒ぶりには脅威さえ抱いてしまう。
仕方なく、ついてゆく。
俊冬の真後ろにつくことは、いうまでもない。
「薩摩藩から借りた銃の威力は、すさまじいな。しかも、腕は抜群」
俊冬は、阿部と富山へゆっくりちかづく。
阿部は銃を構えず立ち上がったが、富山は体ごとこちらへ向き、片膝立ちで銃を構えた。
距離はわずか7、8メートル。
ぶっ放されれば、超人俊冬でもただではすまない・・・。
だろう、たぶん。
「だが、相手が悪かったようだ。返しておこう。受け取れい」
俊冬は、右掌をひらめかせた。
ほとんど沈みかけている真っ赤な夕陽のなか、ちいさな塊が曲線を描きながら飛んでゆく。
反射的に掌を差し伸べた阿部の掌に、それが吸いこまれた。
「こ、これは・・・」
阿部が呻いた。
その驚愕の表情と声は、それがけっして演技でないことを如実に物語っている。
富山が横目でそれを確認し、同様に驚愕の表情になった。
「さぁ、もう間もなく仲間がくる。おぬしらの仲間も翻弄されておるようだ。さっさと退け。ぐずぐずしておったら、あとを追うことになるぞ。おぬしらの大切な盟主のあとをな」
穏やかでやわらかい、語り口調である。
「富山、退くぞ」
「し、しかし・・・」
「死んではなにもならぬ。生きていれば、またなんらかの形でことをなせよう」
阿部は、右掌で富山の肩をぎゅっとつかんだ。それから、それを上げ、みじかく鋭い指笛を吹いた。
「さきにゆけ。わたしは、篠原らが撤退するのを確認する」
富山はおれたちを睨みつけたが、立ち上がると同時に反対の方角へ駆けだした。
「阿部君、きみもはやくゆきたまえ」
富山の背と気配が消えると、俊冬がうながした。
「チョイ悪親父」の相貌に、気弱な笑みが浮かぶ。
「すまぬ。わたしのあずかりしらぬところで、内通者がいたようだ。此度の襲撃も、時期尚早と止めたのだが・・・。肝心の三樹三郎がおらぬしな」
そうだ。局長襲撃の際、鈴木は留守にしていて参加しなかった、とウィキに書かれていた。
「もっとも、三樹三郎などおってもおらぬでもどうでもいいがな」
「チョイ悪親父」の苦笑。
おねぇの実弟は、どんだけ役立たずと思われてるんだろうか・・・。
じつは、そんなかれも戊辰戦争を戦い抜き、明治期には警察関係に奉職し、警察署長も務めた。
このまえ会ったかぎりでは、世渡り上手、器用なふうには思えなかったが、急になにかに目覚めたのだろうか。
兄貴の死をきっかけに、世を正す正義の味方になるとか・・・。
まぁ、幸運に幸運が重なるってケースもありかも、だが。
「先生は・・・」
「案ずるな、阿部君。きっといまごろ、真っ裸で句作に励まれていることであろう」
俊冬の言葉で、おねぇの弟のことなど吹っ飛んでしまった。
「あ?すまぬ。なんだと?」
阿部がききかえした。
わお!おねぇのイマジネーション活性化法。やはり、阿部たちはしらぬのか?
「ときがない。篠原君らも逃げたようだ。はやくいったほうがいい」
俊冬は指が四本しかない掌をひらひらさせ、追い払う仕草をした。
「いや、まってくれ。なんと申した?」
なにゆえか、喰いついてくる「チョイ悪親父」。
「はようゆけ、と申しておるのがわからぬのか」
意味深な笑みを浮かべ、掌をひらひらさせつづける俊冬。
うわー、やなやつ。わざとだ。わざとやってる。
「気になるではないかっ!」
そして、しりたがりの「チョイ悪親父」。
が、「あそこに一人おるぞっ」という、新撰組のだれかの怒鳴り声で、「チョイ悪親父」は踵をかえした。
ようやく逃げてゆく。
「つぎに会ったときには、きかせてもらうぞ」
と、捨て台詞つきで・・・。
「世の中には、しらぬほうが幸せなこともあるんだよ」
おれは、ドヤ顔で「チョイ悪親父」の背にそう呟いた。