弾丸キャッチと忍びの者
「もちろん、ほかにおおくの人が死にます。先日屯所で会った、会津の大砲奉行の林様親子もです」
「戦か・・・。すべてを救うことは不可能だ」
ややあって、俊冬がぽつりと呟く。
そんなことわかっている。だが、それをわかっていて、わからないふりなどできるわけもない。
「人間の生命は尊い。なれど、はかなくもろい・・・。人間は・・・」
向こう側から、俊春の呟きがきこえてくる。
そのあまりのせつない声に、ドキリとしてしまう。
「そろそろ墨染だ。すでに気を感じる」
鞍上から、俊冬の緊迫した言葉がふってくる。
「硝煙のにおいです、兄上」
そして、犬並みの嗅覚をもつ俊春の言葉も、さきほどとはうってかわり、緊迫感を孕んでいる。
「それにしても、よく冷えるな、島田君」
俊冬が、ことさら大声でいう。
局長の声そっくりである。ってか、まったくおなじである。
「さようですな、局長。京は底冷えしますから。そろそろ、奉行所の移動もおわってるころでしょう。参りましたら、熱燗でも。これは失礼。局長は、酒よりも甘いもののほうがよろしいでしょうか?」
そして、俊春。
もちろん、島田の声まんまである。
「おいおい島田君、汁粉はやめてくれよ。いくら甘いものが好きとはいえ、あれはいかん。あれは甘すぎる」
「これは局長、一本取られましたな」
快活に笑う二人。
銃で狙う位置にいる者には、この会話は局長と島田にしかきこえぬであろう。
そして、紋付を羽織っている鞍上の俊冬は、ぱっとみであれば局長にみえなくもない。
「主計、右まえの小屋。あそこより狙っておる」
「宗匠」の向こう側から、俊春が囁き声で警告してくる。
刹那、静まりかえる林に、かわいた音が響き渡る。
「ぱーん」
「ぱーん」
二発分。
俊冬が、鞍上より転がり落ちる。
「局長っ」
動転したが、局長というだけの冷静さは残っている。
「先生の仇っ、一人も逃すなっ」
小屋のほうから、王道の決め台詞がきこえてくる
そして、複数人の駆けてくる気配も。
「ぱーん」
「ぱーん」
援護射撃らしい銃声も、つづいて轟く。
姿勢を低くし、俊冬にちかづこうとする。
「「宗匠」、ゆけっ」
おなじように姿勢を低くしている俊春が、「宗匠」の手綱をはなす。
全速力で駆けだす「宗匠」。みるまに奉行所のある方向へ去ってゆく。
「俊冬殿、俊冬殿」
地に横向けに転がっている俊冬の肩に、いままさに掌をかけようとした瞬間である。
「阿部君は外してくれたが、いま一人の射手は容赦ないのう」
何事もなかったかのようにフツーに起き上がり、地に片膝ついて四本しかない掌で土埃を払いはじめる。
「われらは、軽業師もしておった・・・」
「もういいですっ」
思わず、かぶせてしまう。
心配して損した。
「ほうれ、ミニエー弾だ。二条城でみせたのとおなじ銃から、発射されたもの。もうすこし距離がちかければ、掌が吹っ飛んだであろう」
なにかをほおってきたので、反射的に掌を伸ばしてキャッチする。
弾丸である・・・。
「ちょっ、これって、素手で受け止めたってことですか?」
弾丸斬りもたいがいだが、掌で受け止める?
袴をとおし、地面の冷たさが膝を冷やす。
えもいえぬ恐怖心が、背筋を冷やす。
人間業じゃない・・・。
「兄上、もう間もなく仲間がきます」
俊春が屯所のある方向をみ、そっと告げる。
かれも、片膝ついている。
「なれば俊春、相貌を隠し、適当にあしらってやれ。殺るな、あとが面倒だ」
「承知いたしました」
俊春は、そう応じるまでに懐から目だし帽のような頭巾をとりだし、かぶっている。
そして、あっと思う間もなく、すぐ横にある木の枝の上に飛び上がる。
わお、まるで忍びの者だ。
「姿勢を低くしたまま、ついてまいれ」
中腰の姿勢で、俊冬が動きはじめる。
茂みからこっそり顔をだすと、篠原を先頭に駆けてくる。
それを横目に、茂みにそって迂回する。
悲鳴があがった。
驚いて振り向くと、枝上で片膝ついた俊春は、篠原らに向けてなにかを投げつけている。
また、悲鳴があがる。
「くそっ、なんだこれは?」
「撒菱だっ!足許、気をつけろ」
「ぎゃあっ」
もしかして、手裏剣でも投げているのか?
撒菱に手裏剣?
忍者まんまだ。
「伊賀、甲賀、風魔、戸隠、と様々な流派を学び、実践しておる。もっとも、それらは間者、暗殺に重きをなす。弟のあれは、演出だ」
まえをゆく俊冬が、ちいさく笑う。
「火遁とか水遁とか、口寄せとかできるんですか?」
だとしたら、「ナOト」の世界だ。
「よくしっておるな。土遁、木遁、金遁。基礎の基礎だ」
でたっ!こうなったら、蝦蟇やら大蛇やら蛞蝓を、是非とも呼びだしてもらいたい。
スリーマンセルが、なんて考えていたら、俊冬の指が茂みの向こうをさしているのに気が付く。
いつの間にか、小屋の横手へとまわりこんでいる。