龍馬という存在
子どもらは、はりきっている。
「兼定、まて」
「よし、探せ」
子どもらは、おれが教えたとおり忠実に指示をだしている。
相棒は、それに素直に従っている。
意外なのは、子どもたちだけではない。
この時代の人間、幕末の人間限定に、素直なようにもうかがえる。
もちろん、確証はない。あくまでもそう感じるだけだ。
なぜなら、現代ではほかの人間どころか、ほかのハンドラーにもちかづきすらしなかった。
刑事長だけであろうか。
これも、かならず沢庵をもらえることをしっているから、かもしれないが・・・。
不可思議な話である。
「さまざまなところが、あしの命を狙っちゅうが・・・」
坂本もまた、子どもらと相棒の様子をぼーっと眺めている。
そして、おれとおなじように、さもなんでもなさそうにさらっといってのける。
隣に立つ坂本をみ上げると、坂本はみ下ろしにんまり笑う。
「新撰組も、その一つぜよね?」
「ええ、そうですね。ですが、新撰組は一応、あなたに手をだすなとの命を受けています。もっとも、表立ってではなく、密命のようなものですが。あなたの命を狙っているのは・・・」
「おおかた、薩摩藩あたりにかぁーらん?ほれっちゃあ、あしはしっちゅうが」
坂本は、そういいつつ右の掌を懐に入れる。
それを目の当たりにし、正直感動する。
銅像のまんまの格好だ。
実際のところは、懐に入れている拳銃に触れる癖が、ついてしまっているのであろう。
「先日お会いした際、おなじ裏道に、薩摩藩の方がいらっしゃいました」
「そう、じゃったかな?」
坂本は、そう嘯く。
「複雑なのですね。なにをされているかはしりませんが、あなたの大望が、あなた自身を窮地に陥れるかもしれない」
「わかっちゅうがよ。やけど、はや後戻りはできやーせん。進むしかぇいがやか。この国をちっくとでもいい方向に向かわせられるのなら、あしの命などおよけなくはないろーう。という、いい格好はやめておいて、はよぅやることを済ませ、あしは船でどこか遠くにいくつもりやか」
坂本は、瞳を子どもらへ戻す。
だが、それは子どもらではなく、どこか遠くをみているのであろう。
いまや、子どもらは遊んでいる。
棒切れを遠くに放り投げ、なにゆえか自分たちで走って取りにいっている。
相棒は、その様子をお座りして眺めている。じつに面白そうな表情をして。
相棒の機嫌のよさは、尻尾が右に左に地面を掃いていることでよくわかる。
「伊東甲子太郎にも、お気をつけください」
先日、副長の別宅で藤堂から告げられたことの一つに、薩摩が坂本を狙っているということがあった。
それじたいは、新撰組にとってはどうでもいいことである。
だが、おれ個人にとってはそうはいかない。おれと相棒にとって、一応は言葉を交わしたしり合いなのである。
それを無視するのは、警官としてという以前に、人間としてどうか、ということになる。
「伊東?あぁそういえば、最近、やけにうるさくつきまとっちゅうで」
剣術の同門である。
薩摩は、伊東をつかって坂本を油断させようとしている。
そして、潜伏先を突き止めさせようとしている。
先日、島原で「人斬り半次郎」がそれを試みたが、おおかた失敗したのであろう。
坂本は、用心深い。
というよりかは、坂本の周囲にいる「亀山社中」の仲間たちが、用心深いに違いない。
京にいる間、坂本は潜伏先をしょっちゅうかえ、そのあらわれ方も予測がつかない。
つまり、神出鬼没なわけである。
その為、薩摩をはじめ新撰組や見廻組など、どの組織もずっと苦慮している。
だが、そのお蔭で、坂本はこれまで無傷で活動できている。
あくまでも、これまでは、であるが・・・。
坂本は、子どもらと相棒に気さくに掌を振りながら、林の木々の間に消えた。
その背をみつめながら、坂本はいったい、ここになにをしにきたのだろう、と考える。
ここで会ったのは、はたして偶然だったのか?
疑問をもたずにはいられない。