間者粛清
「局長のお宅は?お孝殿は・・・」
馬上から、俊冬に問われる。
お孝さんは、原田の家に産気づいたおまささんの手伝いにいっていると、告げる。
「沖田先生を襲うのは、内海さんと佐原さん、新井さんの三名です。内海さんがいらっしゃいます。人けのないのを察すれば、すぐに引き上げるでしょう」
「ほう・・・。病人を襲うなどという、みさげはてたおこないはさしおいて、局長宅で沖田先生が療養していることも、しりえることではなかろう?」
さすがである。
それをききながら、脳内フォルダーを検索する。
「ああ、思いだしました。たしかに間者がいます。永倉先生のところの隊士が文を送ろうとしたのを、永倉先生がみつけるのです。小林、だったと思います」
「ならば、いまごろ粛清されているやもしれぬな」
馬の口とりをしている俊春が、ぽつりと呟く。
あとでしったことだが、俊春の推測は推測ではなかった。
ちょうどこの時分、永倉が経過報告の第三弾の文をみつけた。
副長の部屋に呼びだし、始末したのである。
その文を記した者を。
小林啓之助、という二番組の隊士である。
かれは、おねぇの暗殺現場にいなかった。
永倉は、なんとなく察していたのである。
組長として、みずから組下の始末をつけたらしい。
「それで、素顔をさらしたまま襲撃場所らしきところにゆき、どうするんです?襲撃者は、あなた方のことも、おれのこともしってるでしょう?すくなくとも、馬に乗ってるのが局長じゃないってこと、気づかれますよね?」
「当然だ」
ぴしゃりとかえされてしまう。
「狙ったところで、所詮無駄だということをしらしめればいいだけのこと。局長を狙おうなどと、二度と画策できぬよう、お灸をすえようというわけだ」
俊冬をみ上げてしまう。
お灸をすえる・・・。
阿部は兎も角、阿部以外の者たちは、仇討にすべてを賭けているであろう。
局長であろうとなかろうと、新撰組の関係者であれば、八つ裂きにしたいと願うはず。
マジで斬りかかってこられれば、こちらもそれなりの覚悟が必要になる。
しかも、かれらのおおくがそこそこの遣い手である。
もっとも、おねぇの実弟の鈴木は別として、だが。
「墨染のあたりか・・・。連中も、急な報せを受けての行動。この計画はもともとあったとしても、襲撃場所は急きょ変更せざるをえぬ。屯所までの間より、屯所をすぎ、伏見奉行所までの間のほうが、助けが駆けつけるまでのときを稼げるであろうから・・・」
「あのあたりは林です。潜むには茂みもおおい。射手が狙うに格好の場所が、いくつかございます」
俊冬も俊春もわずかな情報から、どんどん推測したり状況を確認してゆく。
「兼定に使いにいってもらいたいが、いいか、主計?」
わずかな時間の後、俊冬がきりだす。
「ええ、もちろん。どうすればいいのです?」
俊冬は懐から矢立と紙をとりだすと、さらさらと書きつけ、差しだしてくる。
「それを屯所へ。副長は、まだ移ってはおらぬのであろう?」
「ええ、一番最後になるかと」
俊春メイドの首輪に、受け取ったメモ書きをくくりつける。
「相棒、副長に渡すんだ。万が一、副長がいなかったら、だれでもいい。メモをみてもらってくれ。急いでくれよ」
お座りしている相棒のつぶらな瞳をみすえ、お願いする。それから、首輪から綱をはずす。
「頼むぞ、相棒。ゴー!」
屯所のある方向を指し示すと、相棒は弾丸のごとく駆け去ってゆく。
黒いしなやかな肢体がみえなくなると、またあるきだす。
「いまのうちにきいておこう」
鞍上から、質問がふってくる。
「え、なにをです?」
結ぶもののなくなった綱を懐に入れつつ、み上げる。
男前の顔が、夕陽で赤く染まっている。
「つぎに死ぬ者は?」
つぎの掃除当番はだれだ?、とでもいうような気軽さで尋ねてくる。
「宗匠」の向こう側で、俊春がこちらをみているのが感じられる。
「井上先生です」
双子が息を呑む。
「すぐに戦になります。その戦で。吉村先生が行方不明に。これは創作かもしれません。吉村先生は、大坂にいる盛岡藩の旧知を頼り、そこで切腹させられます。あと・・・」
一息つく。
いいたくない。
が、この二人になら、いうことで運命がかわるかもしれない、という想いもある。
「山崎先生が・・・。重傷を負い、その後、江戸へと戻る艦か、大坂か、で亡くなります」
林に入る。
道は、前後をみるかぎり人通りがない。
まぁ、最近のぴりぴりした空気のなか、夕刻にうろうろする人間はいないであろう。
林が夕陽で真っ赤に染まっている。
まるで血の色だ・・・。