近藤局長襲撃の経緯
「鳶さんが、阿部さんからの文を屯所に届けてくれました。御陵衛士の残党が、本日、二条城から伏見奉行所へ戻る途中の局長を襲撃するそうです。それとほぼ同時に、局長宅にいる沖田先生も」
告げながら、なにかがひっかかる。
「なるほど・・・。そのことは、おぬしも承知していたのか、主計?」
俊冬の男前の相貌が、上下する。
「ええ、すみません。失念していました。正確には、今日とは・・・。そうだ。たしかに、二条城から伏見奉行所へ戻る途中、襲撃されます。ですが、今日、伏見奉行所へ移ります。局長は、それがわかっているから直接奉行所へ戻りますが、阿部さんたちは伏見奉行所移転のことを、なにゆえしっているのでしょうか?」
俊冬は、その説明をすばやく吟味している。
「襲撃場所は、竹田街道が大和街道にかわるあたりです。屯所のさきですよね」
「屯所と伏見奉行所は、おなじ道。だが、奉行所はさらに南。主計の申す場所なら、たしかに襲うにはうってつけの場所はおおい・・・」
俊春の言に、俊冬が一つ頷く。
「だとすれば、かれらは、今朝、全隊士に通達されたばかりの移転のことを、いかにしてしりえたのか・・・」
「それをしらせた者が・・・?」
「薩摩の、あるいは、おねぇの間者がいるということになるな。主計、そのときの被害は?」
「局長が狙撃され、右肩を被弾。島田先生の機転でそこから逃れさせ、生命は助かります。ですが、刀を充分ふるえなくなります。隊士の一人、今日は一番組の井上さんでしたっけ?井上さんと、久吉さんが斬り殺されます。島田先生が、一人奮戦して助かります」
俊冬は、無言のまま俊春、おれ、それから相棒をみおろす。
いやな予感がするのは、気のせいか?
「数はあうな」
「いえ、ちょっとまってください。おっしゃる意味が、まったくわかりません」
「なにがだ、主計?局長、島田先生、井上さん、久吉さん、四名だ」
男前の相貌に、穏やかな笑みが浮かぶ。
「まさか、おれたちで身代りになろうと?数しかあってないじゃないですか。ってか、相棒も加えるなら相棒は人間でさえありません。いや、そこじゃない。どんだけ近眼であろうと、体格でばれます。まったくちがうじゃありませんか」
「紋付を借りてきましょう、兄上。ああ、髷をまだおろさずにおいてよかった」
わが道をゆく兄の弟もまた、「ゴーイング・マイ・ウエイ」である。
俊春はおれに「宗匠」の手綱をおしつけると、駆け去ってしまった。
「えっ、髷をおろすんですか?いや、いまはそんな場合では・・・」
「かようなものに、こだわりはない。それに、化けるものによっては、邪魔なだけだ。もう必要ないであろう?さて、島田先生に事情を話しておこう。局長は、そうだな。案じさせるのも気の毒だ」
さすがのわが道をゆく俊冬だ。どんどん話がすすんでゆく。
「主計、これでも吟味しながらまっていてくれ」
俊冬は四本しかない掌を長い木箱へ向け、それから、一人二の丸御殿のうちへと去って行った。
木箱の蓋をひらけてみる。
相棒と「宗匠」といっしょにのぞきこんだ。
銃だ。
掌にとり、構えてみた。
ほぼほぼ知識はない。
たぶん、こういうのを前装式というはず。
「ほう、なかなか様になっているではないか、主計」
もう戻ってきた。
「はやかったですね、俊冬殿」
「局長も水戸のわからず屋も、そうとうかっかきているようだ。怒鳴り声が、廊下まで響き渡っておった。島田先生には、迎えをよこすまでおまちいただくよう、伝えておいた」
俊冬の言葉に、なにゆえかいやな予感がしたが、一瞬で消え去ってしまった。
「この銃は?ああ。これでもライフルくらいは撃てるのですよ、一応。好きでないだけです」
苦笑しながらいうと、俊冬も苦笑した。
「エンフィールド銃だ。ある筋から、五丁仕入れることができた。これが、薩摩におおくでまわっている。試し撃ちをし、威力をしっておいたほうがいい」
「エンフィールド銃・・・。たしか、かなりの威力だったはずです。イギリスでつくられ、いろんな国のいろんな戦で使用されたはず。それまでの銃をはるかにうわまわる威力をもっている、と記憶しています」
「なるほど・・・」
「兄上、紋付をとってまいりました。」
俊春も戻ってきた。二の腕に、紋付をひっかけている。
久吉も、いっしょである。
「久吉さん。申し訳ないが、この木箱を預かっておいてもらえぬであろうか。われらは、いそぎ伏見へむかわねばならぬ。局長の用が、まだおわらぬようだ。島田先生にもお願いしているが、のちほどだれかを迎えにこさせるゆえ」
「よございますよ、双子先生」
久吉は、俊冬の頼みをにっこり笑って了承した。
「さて、だれが局長をやる?」
「あなたでしょう」
「兄上でしょう」
俊冬の問いに、俊春とおれの答えがかぶった。
無言のまま、俊春の腕から紋付をとって羽織った。
それから、颯爽と「宗匠」にまたがった。
かくして、おれたちは御陵衛士の残党に襲われる為、二条城を出発した。