リストラとディスり
松吉たち、それから沖田と藤堂は、丹波へ発っただろうか。
早朝、副長みずからが三浦を起こし、屯所から叩きだしたそうだ。
この日、屯所は大騒ぎである。
朝食時、局長からお達しがあった。吸収合併、移転の話が。
慌ただしいかぎり。みな、当惑しつつ身のまわりのものをまとめ、準備をおえた者から順に伏見奉行所へと向かう。
「兼定御殿」をしみじみと眺める。
わずかなときであったが、いい思いでがたくさんできた。
そのとき、門から一人の男が駆けてくるのがみえた。このくそ寒いのに尻端折りし、こちらに一目散に向かってくる。
「相馬殿っ」
「ああ、鳶さん」
東町奉行の目明しの鳶である。
「こんにちは、鳶さん」
「相馬殿、門番がおりませぬので、勝手に入ってまいりました」
「ええ、いいんですよ。伏見奉行所へ移ることになりましてね」
苦笑しながらいうと、鳶も苦笑する。
「存じております。われわれも、半数がお役御免でございます。おお、兼定」
両膝を折ると、足許でお座りしている相棒を抱きしめる。
相棒の尻尾が冷たい土を掃く。
「わたしも、暇をだされました」
桑名少将が、京都所司代を罷免された。
組織も混乱している。
まずは縮小、治安維持に必要な最低限だけを残し、あとはリストラというわけである。
「これを、阿部様よりあずかってまいりました。今朝はやく、わたしの家に直接まいられまして。至急、わたしてほしい、と」
鳶は、そういいながら一枚の紙片をさしだす。
しらなかったが、双子が阿部と内海に、危急の際には鳶に連絡を、と鳶の自宅を教えておいたそうだ。
さすがである。ぬかりはない。
そして、その紙片の内容は、みずとも予想できる。
すっかり忘れていた。
新撰組史上、ワースト10に入る事件。それが今日、起こることになっているとは・・・。
「ありがとうございます、鳶さん。副長にわたします。それで、仕事のあてはあるんですか?」
まもなく正月。すぐに戦になる。
まぁそれをさしひいたところで、正直、就活するには時期が悪い。
「じつは、かかぁに逃げられちまいましてね」
鳶は、頭をかきながら打ち明ける。
「ええっ、またどうして?」
「博打がすぎちまいましてね。あぁいえ、それ以外にもいろいろ・・・。まぁ、ひとり身です。なんとでもなるでしょう」
「まさか、新撰組との付き合いでっ、てことはありませんよね?」
鳶の表情から、嘘だとすぐにぴんとくる。
新撰組を嫌う人はおおい。
出入りする店、接触する人、当人たちはそれほどではなくとも、周囲から白い目でみられたり、下手をすると、炎上したりしかねない状況である。
例の「饅頭屋」。
ここが炎上していないのが不思議なくらいだ。まぁ、それほどまでに美味い、ってことなのであろう。
「いえ、ちがいますよ・・・」
鳶はそう答えたが、それも嘘である。
「そうだ、鳶さん。一緒にきていただけませんか?伏見奉行所に移るのでばたばたしてますが、副長は部屋で仕事してると思います。わざわざきてくれたのです。副長に会ってやってください」
遠慮する鳶の腕を掴むと、屯所の奥へと庭づたいにひきずってゆく。
相棒もついてくる。
いつもの定位置から、困惑しまくっている鳶を笑いながらみ上げている。
屯所全体が慌ただしい。あるいていても、あらゆるところから声がかかる。
もちろんそれは、おれが人気があるからというわけではない。
「なにやってんだ、馬鹿主計っ!手伝えよ」
「遊んでじゃねぇよ、頓馬野郎っ」
「さぼったらあかんで、あほっ」
ディスってる。ディスられまくってる。
声がかかるたび、鷹揚な笑みを浮かべて掌をふる。
副長は、部屋にいた。
このくそ寒いのに、障子があけっぱなしになっている。
畳の上には、大量の書類が散乱している。
当人は、文机でせっせと筆をはしらせている。
鳶には、縁側で相棒といっしょにまってもらうよう伝える。
縁側にあがり、きちんと草履をそろえる。
「履き物をそろえて、えらーい」
ここには「コウOンちゃん」がいないので、自分でほめるしかない。
「え?なんとおっしゃいましたか」
驚きの表情の鳶に、曖昧な笑みを浮かべる。
「ふんっ」
お座りしている相棒が、鼻を鳴らす。
「副長、主計です。このくそ寒いのに、障子を開け放っていては風邪をひきますよ」
入室許可もでないうちにずかずかと入り、障子を閉ざす。
副長は、書類から顔もあげずにいう。
「みてわからねぇのか、おめぇはよ。閉める暇もねぇんだよ。いそぎの用じゃなかったら、夜にしてくれ」
「副長、申し訳ありません。大事なことを失念しておりました。というよりかは、それが今日ということがわからなかったんです」
切羽詰まった声に、副長がイケメンをあげる。
あいかわらずの美肌、整ったパーツ。
鳶が、「チョイ悪親父」こと阿部の遣いできてくれたことを伝える。
密書をてわたしながら。
「局長が二条城から伏見奉行所へ戻る途中、御陵衛士の残党に襲われ、銃で肩を撃たれます。その際、護衛の隊士一名と馬の口取りの久吉さんが斬られ、死にます。そのほぼ同時刻、局長宅で伏せっている沖田先生も、襲撃を受けます。こちらは、お孝さんの機転で失敗、ことなきを得ます。この文には、それをしらせることが、記載されているかと」
説明をききながら、文にさっと瞳をとおす副長。
「ああ、おめぇのいうとおりだ。総司はいねぇ。お孝さんは、おまささんが産気づいたってんで朝から左之の家にいる。はやく産まれたとしても、今宵いっぱいはもどらねぇ。だが、局長のほうは・・・。主計、おめぇ、馬にのれるか?」
「ええ、もちろんです。もといた場所で、乗馬もちゃんとやってましたので」
そう、武士のたしなみの一つである乗馬。
一応は乗れる。
白バイには乗れなくても、馬には乗れるのである。
「なら、二条城にいってしらせてくれ。双子もいる」
「承知・・・。副長・・・」
「なんだ、まだなにかあるのか?」
副長は書類に視線を落としかけ、またおれをみ上げる。
「鳶さんが、お役所をリストラ、もとい暇をだされたそうで・・・。しかも、どうやらおれたちとの付き合いをよく思っていない奥さんが、でていったそうで・・・」
「くそったれめ。奉行所もてんやわんやなんだろうよ。それに、この町の者のほとんどが、おれたちを嫌ってる。でっ、鳶は?かえしたのか」
「いえ、外でまってもらっています」
副長は腰をあげ、おれの肩を叩きながらいう。
「おめぇははやくゆけ。局長宅、それから二条城へはだれかやる。まだ手練の一人や二人、残ってるだろう。鳶のことは任せろ」
「承知」
一礼すると、廊下へ飛びだす。
「鳶さん、お待たせしました。副長が、話があるそうです。おれは、急ぎますので。相棒っ、ゆくぞ」
草履をはきながら、口早に告げる。
「鳶、うちは人手不足でな。危ないことはさせねぇ。しばらく助けちゃくれねぇか」
「ええっ、いいんですか、土方様」
そんなやりとりをききながら、厩へとダッシュする。
もちろん、いつもの定位置に相棒を従えて。