キスフェチ
「主計、おまえのところでは、人間と人間が別れる際、なにかするのか?」
山崎が、尋ねてくる。
「そうですね・・・。おれのところでは、一般的には握手、親しい間柄ならハグ、あ、抱擁ですね。さらに親しければキス・・・、あ、でもこれは・・・」
「だら、キスするべー」
おれにかぶせ、吉村が叫ぶ。
背中の市村が、むにゃむにゃいっている。
いまのは、トランスレイトできた。
いや、そんな場合じゃない。
「うおおおっ、キスだキス」
興奮気味の局長。
「おおっ、いいねぇ。キスかぁ」
わが子を胸に抱いたまま、盛り上げってる原田。
「のった!キス、やってやろうじゃないか」
気合い充分の永倉。
「ふむ・・・。そのキスとやら、わたしにもできるであろうか?」
爽やかな笑みを浮かべる斎藤。
「なに?むずかしいのか、キスとやらは?」
生真面目な井上。
「まてまてっ!ここはやはり、おれが先陣きってやってやろうじゃねぇか、そのキスってやつを」
でたっ!やりたがりの副長。
寝静まった京の街角。
キスフェチ野郎どもの興奮ぶりで、夜気も冷気も震えまくっている。
「ええっ?そのキスって、わたしとみなさんがするってことですよね?」
そして、沖田。
女性たちはほほえましそうにみているし、山崎と島田もやる気満々の表情である。
藤堂と視線があう。
「しーらない」
そして、無情きわまりない一言。
御陵衛士で、英語を学んだはずである。
キスの意味を、しっている。
「藤堂先生ともここでお別れなのです。対象でしょう?されてください、みなさんに」
餓鬼みたいにやりかえした。
「あぁくそっ、可愛らしい女子だったら兎も角、野郎にされたくない」
藤堂は、苦笑する。
「みなさん、落ち着いてください。キスっていうのは、接吻のことです」
おねぇの去り際のキス。
あれこそが、「さよならのキッス」である。
ひきあいにだそうかと思ったが、あの作戦に参加していなかった者がいるので、そこは控えることにした。
「なにぃ?」
「ええ?」
「そんなもんできるわけねぇじゃねぇか」
ブーイングが起こる。
「ちぇっ」
そして、一人舌を鳴らす者が・・・。
原田、あなたって人は・・・。
ハグについて説明した。
抱擁、これなら実際、男同士やってる。
もちろん、熱き抱擁ってのもあるだろうけど、軽く抱き合うことについては問題ないであろう。
「てめぇっ左之っ、いつまで抱きついてやがる」
「局長っ、総司が潰れてしまいます」
それでも若干、ダメだしをだされたりだしたりがあったが、沖田と藤堂と別れを告げた。
歴史上、このさき死ぬことになっている沖田、死んでいるはずの藤堂・・・。
運命がかわるといい。
沖田が助かってくれれば・・・。
信仰していないあらゆる神に祈りを捧げつつ、沖田とハグをした。
沖田と藤堂は、最後に相棒を抱きしめてくれた。
再会を約し、おれたちはかれらに別れを告げた。
「さきほどの話だが、生きる力とはべつに、おぬしらの強さの源とはなんだ?」
原田一家ともわかれ、すっかり静かになったころ、不意に斎藤が尋ねた。
無論、双子にである。
「そうですな・・・。いまは、童の時分とはちがいます。あのときとは真逆のことが、源になっております。強い、ということはさしひいても、われらは・・・」
「死兵ってやつか、ええ?」
いつの間にか、副長が歩調をゆるめ、おれたちに並んでいる。
副長だけではない。井上もである。
ほかのみんなも、双子をみている。
「沖田先生の手前、童の時分のことしか申しませんでしたが、いまはどちらが死んでも残ったほうは生きてゆけます。いまのわれらは、いつ死んでも未練はござりませぬ。ゆえに、全身全霊をもって、なにごとにもあたれるわけです。なにより、生命を奪いすぎました。これで長生きしようなどとは、むしがよすぎましょう」
「馬鹿なことをいうんじゃねぇっ」
副長の怒鳴り声。
だれも注意する者はいない。
気持は、おなじである。
「てめぇらっ、新撰組にいるかぎり、生命を粗末にするようなことはさせねぇ。ああ、わかってる。おれは新撰組で、おおくの生命を奪ってきた。内にも外にもな。だが、それとこれとでは、意味がちがうだろうが、ええっ?兎に角、おめぇらには、生きておれを助けてもらわにゃならん。くだらねぇことで、生命を落とすようなことをしてみやがれ。地獄まで追っかけ、ひきずり戻してやる」
副長の無理くりな厳命。
さしもの双子も、しばし呆然としている。
が、しばらくすると、同時に頭を下げた。
かれらは、死に場所を求めているのではないのか・・・。
そんな考えに、われながら驚いてしまった。