将来のこと・・・
せめて今宵一夜、水入らずですごせばいい、という局長の心遣いを、双子は丁重に拒否した。
おれたちと一緒に、屯所に戻るという。
斎藤も、これを機に戻ることになった。
逆に、玉置と秦は残って明日、発つ。ちゃんと準備もしてきている。
藤堂は、局長のお宅にいき、朝、沖田とともに丹波へ発つ。
急遽きまったことだが、なにゆえかわかれ、という感じはしない。
生き残るために、しばしの別行動と思うとどうということはない。
これぞまさしく、「See you later!」だ。
念の為、行き先のおおよそをきき、道中、つかずはなれずゆくという。
手癖、女癖の悪いらしい三浦のことは、玉置と秦がしっかり見張るだろう。
二人ともしっかりしているし、機転のきく子たちだ。
副長はぬかりない。
最近、三浦を幾度か呼んで、いい含めたそうだ。
「情勢はかなり悪く、ひっ迫している。送り届けたら、すぐにでも戻ってこい。いまのおれには、一人でもおおくの死兵が必要だ」、と。
つまり、逃げだすよう仕向けたわけである。
まあ、こんなことをいわれれば、イタイ三浦でなくっても逃げだしたくなるであろう。
子どもたちは子どもたちどうしで、別れを惜しんでいる。
もちろん、大人たちも玉置と秦をそれぞれの表現方法で激励している。
双子は、義母と義理の姉のまえできっちりと端坐し叩頭する。
世話になった礼と、あずける者たちを託す。
二人の女性は気丈である。
すくなくとも、そうみえる。
「松吉、お婆様と母上、弟を頼むぞ」
俊春は、いまにも泣きだしそうな松吉の頭を撫でながら頼む。
松吉は、お美津さんの横できっちりと正座し、視線を伏せている。
「松吉、すまぬ。気をもたせるようなことや、嘘はつきたくない。ゆえに、はっきりと申しておく。これが今生の別れ。もう二度と会えぬ」
俊春の言葉に、全員がはっとしたように注目する。
「だが、いずこにおろうと、父はおまえのことをちゃんとみている・・・」
そこでにっこりと笑う。
「正々堂々としていろ。卑屈になるな。まえを向き、ふりかえるな。笑顔を忘れず、涙をみせるな。他人を敬い、けっして貶めるな。慈愛をほどこし、傷つけるな。頼り、頼られよ。一人ぼっちになるな、仲間を得よ。わたしにはなるな、ひとであれ・・・」
松吉は、ついに泣きだす。
きっと、抱きつきたいだろう。我慢しているのがよくわかる。
いまの最後のところに、違和感を感じる。
「父のようにはなるな、立派なひとになれ」というのだったらわかるが、そこだけ「わたし」とつかい、「にはなるな」、とはどういう意味なのか?
意図的にいったのか、それともいい間違えたのか・・・。
細かいことなんだろう。
それこそ、重箱の隅をつっついてるようなものだ。
俊春も、抱きしめたいだろう。
だが、かれはそうはしない。
双子は、ふたたび叩頭する。
二度と会うことのない、家族に別れを告げる。
「明日は、朝から忙しくなる。歳、身のまわりのものだけまとめ・・・」
「あぁわかってる、かっちゃん。おれたちの居場所まで、奪われちまうとはな」
「早急に話はつけるつもりだ。源さん」
「わかってますよ、局長。全員の尻を叩いて、明日中にはうつるよういたします。島田、すまんな」
「なんの、大丈夫ですよ。すっかり眠ってしまってるようですな」
屯所への夜道、大人の事情をよそに、子どもらの何人かは眠ってしまっている。
遊び疲れ、泣き疲れに違いない。
島田が泰助を、林は田村を、吉村は市村を、それぞれおんぶしている。
それ以外の子も、自分の脚であるいているがふらふらしている。
おまささんは、でっかい腹をさすりつつあるいている。
お孝さんは、そのおまささんの腰をさすっている。
おまささんの出産を、お孝さんがサポートするそうだ。
不在がちの夫よりも、お孝さんのほうがずっと頼りになる。茂の面倒もみてくれるだろうし。
明日、お孝さんが原田のうちを訪れるということで、話がまとまったようである。
局長と原田も、わが子を抱いてあるいている。
「沖田殿、ふがいないわたしにかわり、あなたがいらっしゃる間だけも息子らを鍛えてやってください。藤堂殿も、ぜひに」
屯所と局長の屋敷への分かれ道にさしかかったとき、俊春があらためて頭をさげる。
「任せてください。どれだけの期間になるかはわかりませんが、できうるかぎり理心流を継承しますよ。そうだっ近藤さん、松吉を天然理心流宗家五代目候補にするというのは、いかがですか?かれなら、二月も鍛えれば、だれかさんの上をいきますよ」
「ちっ、そんなわけねぇだろうが、総司」
そのだれかさんが、苦笑しながらツッコんだ。
「たしかに、周平よりかはずっと期待がもてそうだ。だが、五代目は総司、おまえだ。六代目候補、というわけだな」
井上がうれしそうにいう。
周平は、谷三十郎、万太郎の弟で、一時期局長の養子になっていた。
「池田屋」事件の時分だ。
が、あまりの不甲斐なさに養子縁組を解消された。
「愉しみだな」
局長は、幾度も頷いている。
誠に、うれしそうだ。
沖田が将来を語っている。
それじたいに、光明をみいだしているのだろう。