最高のアイデア
「沖田先生、弟との一番、とてもすばらしかった。あらためてお礼申し上げます」
俊冬が沖田のまえへ膝行し、そういいながら頭を下げた。
俊春はその俊冬のうしろで頭を下げている。
「沖田先生、いまのあなたの誠の気持ちは、わたしも含めこれにいるだれもわかりませぬ。苦しみや不安も。いまのわたしたちには、あなたをみ護るしかできませぬ。主計ですら、治す手立てをもたぬのですから・・・」
俊冬に視線を向けられ、ちいさく頷くしかない。
子どもらも大人たちも、俊冬の言葉をしずかにきいている。
「局長と副長は、あなたのことをご自身のこと以上に案じ、苦しまれてらっしゃいます。無論、同様にみなさまも」
沖田は、瞳をふせる。
かれ自身、よくわかっていることだ。
「童の時分、弟も労咳にかかりました。わたしは、虎狼狸です」
「ええっ!」
そのカミングアウトに、全員が叫んだ。
まさか病気のスキルまであったとは・・・。
すごすぎるぞ、双子・・・。
「ですが、われらは死ななかった。あの時分、われらは是が非でも死にたくなかった。その強き想いが、地獄の閻魔すら震え上がらせたのでしょうな」
俊冬は、みじかく笑う。
「沖田殿、あなたにその想いはありますか?われらは、自身の為に死にたくなかったわけではない。わたしは弟の為に、弟はわたしの為に、たがいに、一人残すことが不憫であった。ゆえに、死ぬものかと強く願ったのです」
「その想いだけで?よく助かったもんだ」
永倉のいうとおりである。
労咳はいうにおよばず、虎狼狸、すなわちコレラもまたいまの時代での致死率はたかい。黒船の来航によりもちこまれた伝染性の病である。
罹患すれば、全身から水分が抜けてしまい、干からびたようになって死んでしまう。
労咳にしろ虎狼狸にしろ、想いだけで助かるとは考えにくい。
「無論、それだけではありませぬ。労咳は、滋養のあるもの、静かな環境が必要ですし、虎狼狸は水分の補給が必要となります。どちらも、当時のわれらには知識がなく、蘭方医に診てもらいたくも金子も伝手もありませんでした。病に関係なく、毎日がただ生き残るだけの為の戦いであったわれらですので。他人に迷惑をかけぬということだけを護り、なんでもいたしました」
俊冬は、また笑う。それは、痛々しいまでの笑い方のように感じられる。
視線があう。双子ともに、だ。
おさなき兄弟が生き残る為にやったこと・・・。
殺しや盗み、などといった犯罪をのぞき、金子やものを得るのに、いったいなにができるというのか。
「もっとも、いまは正反対のことで生をつないでおりますな」
視線があったまま、俊冬は口の端をゆがめ、皮肉気な笑みを浮かべる。
「沖田殿、他人にはわからぬ苦しみ、痛みがあるでしょう。死んだほうがましだと、精神もくじけそうになるでしょう。かようなときには、どうか局長と副長のことを想ってください。新撰組の一番組組長沖田総司しか、局長を護れぬ。あなたしか、局長を護ることができぬのです」
俊冬の声には、催眠作用でもあるのであろうか。
ふわふわとしたこの感覚はいったい・・・。
「丹波はしずかなところです。義母の実家は人里離れております。滋養のある食物も手に入りやすい。しばらく静養されれば、病の進行がとまるやもしれませぬ」
おおっと唸ったのは、局長だけではない。
双子をのぞく全員がはっとする。
グッドアイデアである。
江戸にいかせなければいい。
なぜなら、沖田総司は静養の甲斐なく江戸の千駄ヶ谷の植木屋で死ぬのだから・・・。
「そうだ、俊冬殿のいうとおりだ。総司、そうしろ。総司がそこで静養するというなら、わたしもゆこう。わたしも死ぬはずだった。それを助けてもらった。つぎは、わたしが総司を助ける番だ」
藤堂である。
沖田の顔をのぞきこみ、提案する。
さらなるグッドアイデア。
そのとき、副長と視線があった。
アイコンタクト。
将来をしるおれに、確認をしているのである。
頷く。
その瞬間、副長の瞳に安堵の色が浮かんだ。
淡い灯火のなか、なにゆえかそれがはっきりとみてとれた。
丹波にいったからといって、江戸にゆかなかったからといって、沖田が助かるとはいいきれない。
だが、しりうるかぎりの未来を、レールをかえることで生死をも隔てるかもしれない。
双子が、副長とのアイコンタクトをみていた。
「ひきつづき、丹波で子どもらに剣術を教えていただければ幸いです、沖田殿。ともにいってくれる二人も寂しくなくなります」
俊春がフォローにはいりはじめる。
玉置と秦が大喜びしたのはいうまでもない。ほかの子どもたちはうらやましがる。
「総司、そうさせてもらえ。なあに、わたしもまだまだすてたものではない」
局長は、そういいながら沖田にちかづく。
藤堂を突き飛ばす勢いで横に胡坐をかくと、沖田の頭を撫でる。
そこはいつものように荒っぽくなく、ソフトタッチの撫で方だ。
「おまえが戻ってくるまで、わが身のことはどうにかするさ。だから、おまえはおまえ自身の体躯を治すことに専念してくれ」
息子に諭すように、語りかける。
瞳を伏せたまま、唇をかみしめている沖田。
局長の言葉も、同時に噛みしめているに違いない。
「いまのままでは、みなさんのお荷物になるだけですね。なれば、お言葉どおりしばらく離脱し、病を治すことに専念いたします」
よかった・・・。
心底安心した。光明がみえた気がする。
それにしても、双子の機転というか洞察力というか・・・。
そのとき、ふと思った。
死相とかおれの心中をよんだとか、そういうのではなく、もしかすると、かれらも・・・。
「なれば、三浦啓之助は必要ないですな、副長?」
山崎である。
そうだ。たしか、お美津さんたちを丹波まで三浦に送らせる予定だったんだ。
三浦啓之助は、佐久間象山の息子である。
象山が河上に惨殺された後、正妻の兄である勝海舟を通じ、新撰組に入隊したのである。
が、じつにイタイ男である。
ゆえに、ていよく追いだそうということで、丹波へ送らせようという話になったのだ。
送った後、三浦はみずからずらかるであろう、と。
「いや、予定通り送らせる。総司と平助は、すこし遅れて発つといい。駕籠をつかってな」
副長は、にやりと笑って山崎の問いに応じた。