「和泉兼定」と「菊一文字」と中華麺
それはもう盛大な宴会だ。
料理も酒もたくさんある。大人も子どもも、ついでに犬もおおいに呑み喰いした。
これだけの準備をしてくれた女性陣に感謝せねばならぬだろう。ああ、双子にも。
原田は、廊下で失神していた。そして、副長は、なんと押入れのなかに隠れ、ぶるぶる震えていたとか。
この情報は、沖田からきいた。
「だれにもいわないでください。土方さんの沽券にかかわりますので」という前置きつきで。
ぜったいに、これは拡散されているにきまっている。
なにせ、それを発見したのは局長と子どもたちなのだ。
まさか副長までお化けの類が苦手だったとは・・・。
まぁこれは副長の黒歴史の一つとして、おれの胸にとどめておこう。
「おおそうだ、あずかりものがある」
宴もたけなわになったころ、田中が思いだしたようにいった。
合図と同時に、五剣士の一人、高崎が袋に包まれた刀をもってきた。
「中将より、「和泉守兼定」をあずかっておる。俊冬殿、俊春殿へ。が、二人はすでに業物を所持しておるゆえ、二人の采配でだれかに譲るように、と」
双子は、田中よりその二振りの「兼定」を恭しく受け取る。
「慶応三年二月、と銘が入っておる」
「なれば、わたしの「兼定」は副長に」
俊冬が副長のまえに膝行する。
「なに?いいのか?」
ついさきほどのホラー・ハプニング、すなわち、「ビビり副長」の面影などまったく感じさせぬ。
めっちゃうれしそうに、掌をのばしかける。
「なんだかなー。そんな業物、それこそ「宝のもちぐされ」ってやつじゃないのか?」
永倉である。
なにゆえか正論と思ってしまう。
「鞘のなかで腐っちまうだろう?ああ、鞘からだしときゃいいか?」
原田である。
原田もまた立ち直っている。
大量の酒が、かれを正常な状態にリカバリーしたに違いない。
それは兎も角、鞘のなかで腐る?
「そんなもんあるかいっ!」とツッコミたくなったが、鞘にこだわるあたりが原田らしい。
もう二度と鞘をなくすようなことはないだろう。
「野菜とかきれますよね?」
「あ、薪もきれるんじゃない?」
「切り絵つくってほしい」
子どもたちである。
よもや子どもらですら、副長の剣術は「ないない」と結論付けている。
それにしても、業物で野菜をカットしたり薪をきったり切り絵をつくる?
「そうですよね。いまの「兼定」だって、まともにつかわれたことないんじゃないですか?土方さんとはくされ縁ですが、いまだにまともな斬り合いなんてみたことありませんし。近藤さん、そうですよね?」
沖田まで、そんなことをいいだす。
「ええ?おお、あぁそうだな・・・。まぁ、歳の剣術は独創的だ。流派にしばられず、剣術そのものにもしばられぬ。世のなかには、そういう驚きがあってもいいのではないか、総司?」
局長はごつい顎に指をそえ、うんうんと頷きつついう。
局長は、ほんっとに沖田のことがかわいいのだ。
二人のやりとりをみていると、愛を存分に感じる・・・。
くどいようだが、違う種類の愛、だ。そっちの愛じゃない。
それにしても、いまの局長の説明だと、副長の剣術は「びっくりばこ」的に感じられる。
「サプラーイズ」だ。
そのすべてが、汚くこすい業だし・・・。
「ちょっとまちやがれ。おれには刀をもつ資格がねぇってのか、ええ?」
副長がきれた。真っ赤な顔をしている。
今宵、局長も副長もめずらしく酒を呑んでいる。
沖田のことが、よほどうれしいのだろう。
それをいうなら、おれもちびちびいただている。
田中らが持参したのは、会津の銘酒その名も「会津中将」。このネーミングの酒は、現代にまでつづいている。以前、Webでみたことがあり、「へー」と思った記憶がある。
1800年になるすこしまえから、愉しまれている純米吟醸だ。
正直、酒は好きではないが、これはすこし甘めで口あたりがいい。旨い、と思う。
もっとも、生粋の飲兵衛たちには、辛口のほうがいいんだろう。
「剣など、つかわぬのが一番でございます」
新「兼定」をかかげもっている俊冬の言葉に、はっとしてしまう。
みなもそのようだ。全員が、かれに注目する。
「手入れをせずにすみます。らくでいい」
説法か人道でもとびだすのかと思いきや、そこ、か、俊冬?
「人間を斬れば、血や脂だけではなく、想いがのりうつります」
俊冬はつづける。
「ゆえに、剣はつかわぬのが一番。副長、おおさめください」
「あ、ああ」
そして、副長は新「兼定」をようやくゲットした。
もうひと振りの「兼定」は・・・。
「松吉」
俊春が松吉に差しだす。
すばらしい。心からそう思う。
松吉はうれしさのあまり、泣きそうになったがぐっとがまんし、ちいさな胸におしいただいた。
つかうためではない。父親との思い出、いや、父親そのものとして、これからともにそうことになるだろう。
この後、廃刀令がでるまでは。
副長が帯びていた旧「兼定」は、竹吉が譲り受けることになった。
これもまた遣う為、ではない。
父親や伯父、おれたちの想いを、感じてくれるだろう。
「それと、これは沖田へと」
田中がもうひと振りをかかげ、沖田のまえにくるとさしだす。
光沢のある刀袋。会津松平家の家紋である会津三葵が入っている。
「あ、ありがとうございます」
沖田は、びっくりの表情でうけとる。
「へー、おい、みてみろよ、総司」
「うわー、いいなぁ。みせてくれよ、総司」
左右に座している永倉と藤堂にせっつかれ、沖田はうやうやしく刀袋から刀をだす。
なんの拵えもないシンプルな朱色の鞘をみたとき、ぴんときた。
「「菊一文字」」
思わずつぶやいてしまう。
「ああ、それが「則宗」のことであったらそうだ」
田中が一つ頷く。
「菊一文字」は、新撰組一番組組長沖田総司の佩刀として有名だが、じつはそれは新撰組小説の第一人者子母澤寛先生の創作で、それ以降の作家たちが参考にしたり、まねたりしたといわれている。
「菊一文字」じたい、そういった銘が刻まれている刀は現存しない。
則宗作の刀は、ほとんどでまわっていない。
現代では、国宝や重要文化財とされているもの以外で、正真正銘のものはごく少数しかないらしい。
この時代でもそれはおなじで、大名間で贈答する程度にしかでまわっていない。
それを、沖田が所持できるわけがない。
はっとする。
思わず俊冬をみる。もちろん、むこうもおれをみている。
双子と斎藤と四人で、刀についての雑談をしたことを思いだした。
そのとき、「菊一文字」のことを話した。
俊冬がにやりと笑う。
あとでしったことだが、双子が奔走し、さる大名が所持していることをつきとめた。それを、会津侯が入手してくださったという。
おれのなにげない一言で、後世の創作が現実となった瞬間である。
沖田は、感激のあまり泣いた。
それは、刀をいただいたからというだけではない。
気持ちにたいして、であろう。
ちなみに、「菊一文字」は、現代では爪切りや包丁、生け花や園芸用といった刃物として製造販売されている。もちろん、刀も。
「こ、これは・・・」
おれは、膳のうえに置かれた鉢をみ、嬉しさのあまりめまいがした。
ラーメン、ラーメンが饗されたのである。
正確には、中華麺。
じつは、中華麺じたいは日本に古くからある。時代劇ドラマの「水戸◯門」でおなじみの水戸光圀が、日本で最初に中華麺を食べたという話は有名だ。
が、かん水をつかってつくられた麺は、室町時代にはあったらしい。
やはり、双子はプロである。
かん水をつかい、麺をうった。ちぢれ麺だ。
鶏がらでだしをとり、あまった野菜と煮込んでスープをつくった。
具は、刻んだネギのみ。さっぱりとしたしょうゆ味。
呑み喰いした後のシメに、これほどうってつけのものはない。
しかも、ここで黒胡椒がついてきた。
副長が、試合でつかった自爆アイテムである。
みな、うまいうまいといいながら食した。
ときおり、だれかがくしゃみするのをききながら。