勧告
「ここにあしがおることを、しっちょったがのやき」
「ええ、相棒は鼻で。おれは、あなたの放つ気でわかりましたよ」
坂本龍馬である。
つい先ごろまで、坂本龍馬はお尋ね者であった。
土佐藩、幕府ともども、かれを狙っていた。
だが、坂本の師ともいえる勝海舟が、うまく取り計らったのであろう。
幕府は、「手をだすな」と、つい最近になって命じた。
だが、新撰組にしろ見廻組にしろ、その命令が届いていない「ふり」をしている。
こうして顔を合わせるのも、危険な綱渡りである。
もちろん、表立って捕縛できないし、斬り合うこともできない。それでもやはり、お尋ね者だった坂本と話をしているというだけで、周囲にいらぬ疑惑を投げかけることになる。
ちなみに、新撰組より見廻組のほうが、「ふり」の度合いが濃く深い。
幕臣の子弟らで構成されている、いわばお坊ちゃま集団、エリート集団である見廻組こそ、じつは、坂本龍馬暗殺の最重要容疑者として、現代でも伝えられている。
そして、坂本自身の出身である土佐藩は、世の情勢や空気をよみ、坂本を捕まえて斬首するより、あゆみよって利用するほうを選んだ。
脱藩を許すとまでいい、しきりに接触を試みている。
相棒がお座りして、右に左に土を掃いている。
坂本のなそうとしている内容が、新撰組にとって相反し、まったく異なる路線であろうと、その人となりがどうこうというわけではない。
相棒にとってもおれにとっても、坂本はけっして悪い人間ではなく、むしろ良い人間なのである。
こういう人物となら、つかずはなれず生涯親友でいたいと思わせるものを、坂本はもっている。
坂本もまた、カリスマ性のある男、というわけである。
「主計さん、おおきな人ですね」
子どもらは、いつの時代も無遠慮で正確な観察眼をもっている。
このときも、市村が大声でそんなことをいいだす。
「かわいにかぁーらん子どもたちやき」
坂本は、茂みのなかからでてくる。
それから、以前島原で会ったときとおなじように両膝を折る。
相棒と目線を合わせてから体躯を、顎の下を、それから頭を撫でる。
「この子たちは、立派な武士ですよ」
苦笑しながら告げる。
つい先日のことである。
「わたしたちは、新撰組の隊士です。立派な武士です」
市村と玉置に、声高に宣言された。
その健気さが可愛くて、逆に笑ってしまった。
そしてまた、宣言しなおされた。
「そういや、名乗っちゃーせきやったね」
坂本は、立ち上がりながら子どもらににっこり笑ってみせ、おれに尋ねる。
「しっていますよ。この京で、あなたほど有名な方はいらっしゃらないでしょう、坂本さん?」
「ほう、あしは、ほがーに有名なんなが?ほりゃあしらんかった」
坂本は豪快に笑い、慌てて左右をみまわす。
だれかに追われているのか?つられて周囲を警戒してしまう。が、ほかにそれらしき気は感じられない。
相棒の鼻センサーも、異常を察知している感じではなさそうである。
「おんしゃぁ?おまさんの名は、なんちゅーぜよ?」
「相馬主計。おれもこの子どもらも、新撰組の隊士です」
「なきすと?ほりゃあえずいじゃーないがなが」
坂本は心底驚いたように叫んだが、かれもわかっている。
おれが害をなさぬ、ということを。
「ちょうどよかった。すこし、話をしませんか?」
坂本に相貌をちかづけ、囁く。
そうしながら、「でかっ!」と、あらためて感じる。
「みんな、相棒と臭跡訓練をしていてくれないか?」
子どもらに向き直り、お願いする。
そうすることで、子どもらは頼られていると単純に考える。
即座に、「承知」と一丁前に返してくる。
それから、相棒と一緒に駆けだす。
相棒は、心得ている。子どもらをしっかり監督してくれるだろう。
「話とは、なんにかぁーらんか?新撰組が、あしにどがな用事があるがかぇ?」
坂本は、近眼の人がよくやるように眉間に皺をよせ、両眼をすがめている。
それからまた、左右をみまわす。
それが追われつづける坂本の癖であることに、このときはじめて気がついた。
「坂本さん、あなた、殺されそうですよ」
それがさもなんでもないことのように、さらっといってのける。