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コワハラ

「ふ、ふ、副長」

 必死になってしまう。


 一人にだけはなりたくない。

 副長がきえた、その部屋へ飛びこむ。


「うわっ」

 途端にぶつかった。


 副長だ。突っ立っていたようだ。


「いたたた」

 副長にぶつけた鼻を、掌でさする。


「副長、どうされ・・・」

 いいかけたところで、副長のシルエットがなにかを指していることに気がついた。

 

 ゆっくりと、シルエットが指すほうへと向かい視線をむける・・・。


 上から、なにかが落ちてきている。

 液体っぽい。一滴、二滴と、みょうに生々しくシルエットが浮かび上がっている。


「ざざざっ!」

 音と、天井からなにかが落ちてきたのが同時だった。


「うわああああああ」


 人間、超絶マジに怖いものに遭遇したとき、絶叫なんて上げられない。


 かたまってしまって、声もでない。

 耳に飛び込んできた副長の悲鳴も弱弱しい。


 副長の体が反転する。


 かたまっているおれを、副長はこともなげに突き飛ばしてくれた。

 しかも、これぞ火事場のクソ力というのか、馬鹿力というのか、兎に角、すさまじい膂力である。


 いとも簡単に吹っ飛ばされ、畳の上に顔面から叩きつけられてしまう。


「いたたたた」

 畳にこすれた額をさすりつつ、顔をあげる。


 そこに、副長のシルエットはない。


 起き上がると、なにゆえか女座りしてしまう。


「ほんまびびりやなぁ、と申しておる」


「いやあああああああっ!」

 うしろから囁かれ、路上で露出狂に遭遇したときの女子高生みたいに叫んでしまう。


 おそるおそる、顔をうしろへむける。


 うっ、肩がこってるのか?頸がよくまわらない。


「ひょえええええええっ!」

 なんとか頸をまわすと、ささやかな灯りのなか、まうしろに人間ひとと獣の顔が・・・。


 懐中電灯を、下から照らしたときのアレである。


 蝋燭の灯のなか、俊春と相棒のおどろおどろしい顔が浮かんでいる。


「失礼ではないか、主計?」

 落ちてきたなにかが、ちかづいてきた。


 蝋燭の灯りのなかに入ってきたのは、もちろん、この男俊冬である。

 しかも、ご丁寧に女物の着物姿で、顔面が血にまみれている。


「弟と兼定をみ、あれほどの悲鳴をあげるとは・・・」


「当然です。だいたい、いったいなんだっていうんです?」

 キレた。脳の血管がぶちギレる勢いでキレまくる。


「肝だめしだ。のう、兼定?」

「くーん」


 平然と答える俊春。

 しかも、それに平然と甘えた声で答える相棒・・・。


「どうだ?われらは、怖いものをみせる香具師もやっておった・・・」

「もういいです。まったくもうっ!それにしても、副長はいったいどこへ・・・」


「いやー、久方ぶりに肝を冷やした」


 そのとき、局長が子どもらを連れて入ってきた。

 子どもらの数人は、掌に蝋燭をもっている。


「局長っ、副長が・・・」


 思わず訴える。


 これは、コワハラだ。

 そう、いま思いついた。怖がらせハラスメント、略してコワハラだ。


「ああ、歳であろう?ふふん、じつは歳も怖がりでな」


 ドヤ顔でとんでもないことを暴露する局長。

 胸に抱く赤子たちは、まだ人間ひとの怖さというものをしらない。

 局長のえらのはった顔を、にこにこ顔で叩きまくっている。


 なるほど・・・。

 ああいうシーンに遭遇したら、手下てかを突き飛ばしてでも逃げてしまう、というわけだ。


 土方歳三、「鬼の副長」の本性をみたり・・・。


「どこかでぶるぶる震えておるのではないか?どうれ、むかえにいってやるか。餓鬼の時分ころから、そうやっておるのだ」


 局長は、そういうと子どもらを連れ、去っていった。



「どうされた、原田殿?」

「原田、どうした?」


 そのとき、廊下の向こうのほうから大声がきこえてきた。

 黒谷あいづの一行のようだ。


「おほっ、またしてもお客人だ。弟よ、位置につけい。もうひと勝負だ」

「はい、兄上。兼定、つぎはおまえもやってみるか?」


 そして、蝋燭の灯が消えた。



 真っ暗ななか、そのときはじめて原田のことを思いだした。

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