最強伝説
どうでもいいことを思いだしているなか、双子の格闘はすさまじい勢いでくりひろげられている。
全員がほげーっといったような表情になっている。
これは、この時代の体術というよりかは、現代の総合格闘技みたいだ。
正直、プロレスや総合格闘技の区別がわからない。餓鬼の時分、クラスメイトはプロレスごっこなどをやっていたが、興味がなかった。
警察の特練で必要なのは、剣道、柔道、逮捕術なので、空手すら縁がない。
もっとも、「空手バO一代」や「修羅O門」などは、かっこいいと思うが。
ちなみに、特練とは、術科特別訓練のことだ。ほかには、射撃、白バイ乗務などがある。
俊春は、払い蹴りの俊冬の脚を右の掌でつかむと、右腕一本で倒立してのけた。一瞬のことだ。天井へと向けられる爪先。そこから脚を曲げ、俊冬の頸に巻きつける。俊春は俊冬に肩車された状態から、背筋力をつかってうしろへ倒れこむ。俊冬は、仰向けに倒されることになる。
だが、俊冬はその途中でブリッジの形をとり、床に両掌をついたまま両脚で床を蹴った。
俊春は、すでによんでいる。俊冬の頸から自分の脚をはなし、そのままバック転で距離を置く。そのバック転が終わりきらぬうちに、俊冬が追いすがった。四本しかない掌が、俊春の道着のあわせ部分をとらえる。そのまま力づくで俊春をぶん投げる。
それは、ぶん投げるという表現がぴったりなほど、豪快な投げ技だ。
が、俊春は、床に激突するタイミングで猫のように丸くなった。床にあたったのは、右の爪先のみ。三本しか指のない掌が、俊冬の道着のあわせ部分をつかむ。そのまま背を向ける。背負い落としがきまる。
が、これも俊冬には想定内のこと。自分のあわせ部分を握る俊春の三本しか指のない掌を手刀でうち、わずかにゆるまったタイミングで、無理矢理とんぼ返りをしてのける。
距離をとる二人・・・。
すべてがあっという間だ。正直、すべてがみえているわけではない。
みえなかった部分は、なけなしの格闘技知識の予測変換である。
距離を置いたまま、ふたたび向き合う二人。
どちらも息一つ乱してはいない。さすがだといっていいのか、それともこれは、「スーパーサOヤ人」や「キンOマン」レベルと考え、コミックをよんでる気になっておけばいいのか。
「さて、体躯はあたたまった。名刀工による業物、われらにはもったいないかぎりではあるが、遣わせていただく栄誉を担った。存分に愉しもうではないか、弟よ」
俊冬の男前の表情に、不敵なまでの笑みが浮かぶ。そして、片膝だちでその言葉をうける俊春のそれにも、同様の笑みが。
二振りの「和泉守兼定」が、最強の剣士たちによってはじめて遣われる。
鞘から抜かれたのかどうかさえみえない。もちろん、納められたのも。
どうやら、俊冬が居合い抜きをしたらしかったが、空気を斬り裂く鋭い音しか感じられない。
ましてや、視覚では・・・。
「兄上、抜刀術に磨きがかかっておりますな」
俊春が苦笑とともにいう。
そういえば、さきほどは左脚がまえにでていたのに、いまは右脚がまえにでている。
「ふんっ、わが渾身の抜刀術を体をひらいて紙一重でかわしておきながら、賢しきことを申すな」
俊冬の言葉に、永倉が斎藤に囁く。
「おいっみえたか、斎藤?」
斎藤はマジな表情で、双子から瞳をそらさず、両肩をすくめる。
と、永倉と斎藤のやりとりに一瞬だけ気をとられたすきに、つぎは俊春が居合抜きをしたようだ。
もちろん、これもみえるわけがない。
俊冬は、体ごと一歩ひいた。
「さすがだ。体をひらくだけではかわしきれぬ。否、たとえかわせたとしても、剣風で皮膚を裂かれたであろう・・・。わが剣は、ふるわれたがっている。ゆくぞっ」
俊冬は、気合とともにまたしかける。
体をひらきつつ、しかけかえす俊春。
居合抜き、いや、かれらのいうところの抜刀術の応酬だ。
「くそっなんだありゃ?実力がちがいすぎる」
「ああ、あんたの申すとおりだな。あれをみせられれば、これまでの自身の努力がむだだったとしか思わざるをえぬ」
永倉と斎藤である。
「わたしもおなじ気持ですよ。わたしは、自身がはずかしい。病だろうがなかろうが、わたしなどしょせん井のなかの蛙だったのです」
松吉の横で正座し、そう呟く沖田。
太腿の上で握られた拳は、わずかに震えている。
「でも、みてください。すごく愉しそうだ。あんなに笑顔で、刀をふるう人間ってみたことがありますか、近藤さん?」
うしろから局長がちかづいてきた。沖田の横に正座する。
「総司、おまえも試衛館にやってきて、入門したての時分、いつも笑顔で木刀をふっていたぞ。覚えていないか?」
「そうそう、思いだしましたよ、局長。ずいぶんとうれしいんだな、と驚いたものです」
井上もちかづいてきた。局長の横に正座しながらいうその陽にやけた顔に、涙が光っている。
沖田は、泣き笑いしている。
「ええ、たしかにそうでした。近藤さんから理心流を教えてもらうのが、とってもうれしくてうれしくて・・・」
「そういや、おれも習いたての時分はおなじだった。木刀ふるのが愉しくて、掌の皮がぼろぼろになってもふってたな」
「わたしもだ。いつの時分からであろう、それがうれしかったり愉しかったりではなく、辛く苦しいものにかわったのは・・・」
永倉につづいての斎藤の言葉・・・。
おれ自身もそうだ。
おれは、親父に教えてもらえるのがうれしく、愉しかった。沖田とまったくおなじである。
そして、小学校、中学校、高校、大学、社会人と、学校であったり地域であったりのチームに所属するようになって、それらがまったくなくなった。
周囲もまたおなじだ。ただひたすら、チームの勝利を目指し精進する。
それが悪いというわけではない。かくたる目標があってこそ、モチベーションを保てる。
だが、ほんらいの剣術なり剣道の道から、はずれてしまっているのかもしれない。
語学をはじめとした勉強も同様であろう。受験の為、テストの為、ひたすら詰め込む。
そんな勉強が愉しいわけはない。
俊春にこてんぱんにやられたときの愉しさ、爽快感。
たぶん、俊春が心から愉しんでいたから、おれたちにも伝染したのだ。
いまもみていて、おれまで愉しくなってくる。ああいう愉しみかたをしてみたい。心からそう思ってしまう。