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沖田総司 VS 柳生俊春

「沖田先生、本来なら、わたしなどあなたと勝負する資格すらありませぬ。いえ、あなただけでなく、この場にいるすべての剣士の方々ともです」

 俊春がいった。


 目隠しをしていても、その下から沖田のをしっかりみつめているであろう。


「わたしと勝負くださって、ありがとうございます。あらためてお礼申し上げます」

 俊春は、一礼しながら礼を述べる。


 沖田は、かぶりを振る。無言のまま・・・。

 俊春は、それを感じているだろう。


 それから、二人は遠間の位置まで離れ、向き合う。


「はじめっ!」

 俊冬の開始の合図。


 沖田は、木刀を理心流独特の正眼の構え、たいする俊春は、両脇にだらりと掌をたらしている。


 いまの沖田の体力を考えると、一撃必殺あるのみか?


 正直、あそこに立っているだけでもすさまじい精神力だと思わざるをえない。


 静寂すぎる。道場の格子窓からは、冬のどんよりした曇り空がみえる。

 寒いはずだ。みていると、空から白いものがちらちら落ちてきた。


 しまった、相棒・・・。

 雪が降るとは思っていなかったから、道場のまえにつながず、まつよういいつけてある。


 おれが道場の入り口をみると、相棒がそこでお座りしていた。もちろん、内側ではなく外側で、だ。

 一応、庇がある。濡れずにすむはずだ。


 ほっとする。


 静寂だけでなく、緊張感も道場全体をおおっている。いつもはやかましい子どもらですら、空気をよんでいるのかおとなしく正座して二人をみている。


 沖田の気がかわった。じりじりと間を詰めてゆく。そのは、まさしく狩人のもの。


 労咳で寝込んでいた男とは思えない。すごい復活劇だ。


 この試合の後も、どうかこの精神力がつづいてほしい。病は気から、を実践してもらいたい。


 もしかすると、かれも助かるのではいのか?


 そう期待するのは、おかしいのだろうか?


 これは、あくまでも一時的なもので、試合これが終わったら、燃え尽き症候群か剣術ロス的なもので、逆にどっと悪化してしまうのであろうか。


 それだったらいっそのこと、定期的に勝負すればいい。


「おっでるぞ、日の本一の突きだ」

 永倉の囁き声がきこえた。


 おれにはわからない、試衛館時代からそれをみている永倉だからこそ、沖田の微妙な気や動きでよめるのであろう。


「たんっ」


 ステップを踏む軽い音が耳に届いたときには、一打目が俊春を襲っていた。


 俊春は、それを顔前に迫るまでひきつけ、あたると思われる寸前に頸だけ動かしかわす。


「たんっ」


 ツーステップ目、二打目だ。伸びきった両腕が、神速でいったん丹田の位置までひかれ、さらに神速で繰りだされる。


 俊春は、つぎは右脚だけうしろにひき、たいをひらけた。


「たんっ」


 スリーステップ目。まだ二打目が突ききらぬうち、つまり、俊春がかわしきっていない間に、三回目のステップが踏まれた。


 突きが中途で軌道をかえる。


 右掌を木刀からはなし、左掌の人差し指一本で剣先を跳ね上げた。そのまま中指で、剣先の軌道をかえる。


 小指と薬指は、しっかりと土台を護っている。


 刹那、沖田の自由になった右掌が、たいを右へひらいている俊春の左肩を掴んだ。


 文字どおり、がっしりと。


 局長ほどではないにしろ、沖田も以前はぶっとい木刀を打ち振っていたらしい。握力は、半端ないはずだ。


 局長に肩を掴まれたら、肩の骨が悲鳴をあげる。いや、肩だけではない。腕ならぽきっと、折ってしまいそうな勢いだ。


 それだけではない。局長のなにげないばんばん叩きも、強烈である。


 局長と漫才でコンビを組むのなら、迷わず突っ込みを選択する。

 まぁもともと、突っ込み系だと自分では思ってはいるが。


 ボケて「なんでやねん」、と局長に胸をぱんと一発やられたら、肋骨全部いかれてしまう。


 それこそ、満身創痍になる。芸名にしてもいいくらいだ。


 もっとも、局長だけではない。剣士はみな強い。


 もちろん、だれかさんをのぞいては、だが。



 沖田の最後のステップは、ダミーだ。そしていま、肩を掴まれ動きのとれぬ俊春の喉元を、沖田の神速をこえた、超神速の剣先が迫っている。


「超神速」などと、まるでアニメにでてくるような表現だが、それほど速いということだ。


 だれもが固唾をのんでみ護っている。


 そして、だれもが自分のを疑ったであろう。


 たった二本の指だ。たった二本の指・・・。


 見廻組の佐々木や今井たちを相手にしたときも、幕末の「四大人斬り」の中村と河上を相手にしたときも、俊春は現実(リアルの世界ではけっしておこりえぬような技をみせてくれた。


 創作の世界の技・・・。


 超神速の剣先が、俊春の二本の指の間にすべりこんだ。具体的には、右の人差し指と中指の間である。

 刹那、二本の指が剣先をはさみこむ。


 こう表現すると、さもなんでもなさそうに思えるだろう。もしかすると、二人で打ち合わせ、呼吸とタイミングを合わせ、幾度も練習すれば、できるかもしれない。おそらくだが。


 問題は、この後だ。


 指がはさんだ位置で、木刀がはじけた。


 それはまるで、遠距離から狙撃手スナイパーがライフルで狙い撃ちしたときのようだ。

 つまり、弾丸たまが命中したときのような、そんなはじけかただ。


「ぱきん」


 しずまりかえった道場内に、木刀の折れた小気味よい音が響き渡る。


 これらは、まばたきするかしないかの間におこったことである。


 木刀が折れた音。そうだと気がついているのは、幾人であろう。


 木刀を、二本の指で折る?しかも、ピース、Vサインの状態で、だ。

 いったい、なんの原理や法則をもちいれば、そんな神業ができるのか?


 それは兎も角、沖田はさすがである。


 自分の突きが防がれただけでなく、木刀を折られたことに気がついた。

「ぱきん」と音がするまえに、左掌で握る木刀をあっさり放棄し、いっきにさがった。


 すさまじい動体視力、そして、一流の感覚。さらには、最高の判断力。もう一つおまけに潔い。


 だが、俊春は沖田がそうする・・・・ことをよんでいる。


 追いすがらぬ。自分の肩を解放したばかりの沖田の右掌首を掴む。沖田に背を向け、その場に沈む。


 沖田が宙を舞った。


 沖田の掌首を掴み、一本背負いを仕掛ける。


 これもまた、妙技なのであろう。


 たしか、一本背負いは、自分の肘で相手の上腕をはさみ、その上腕を支点にして投げるはずだ。もちろん、両腕をつかう。


 相手の掌首を掴み、掌一つで自分より体格のいい相手を、一本背負いするのは難しいはず。


 もしかすると、こういう柔道の技があるのかもしれないが。


 剣道ほど授業や講義を真面目に受けなかったので、しらぬだけなのかも、だ。


 沖田が道場の床に激突しそうになったとき、俊春は伸びきった腕を自分の胸元にひいた。自然、沖田の態勢がかわる。そのまま、沖田をぐいと引き寄せる。


 沖田は、脚から着地した。上半身を俊春にあずけて・・・。


 誤解のないよういっておくが、これはそういうの・・・・・ではない。


 あくまでも、沖田の体に負担がかからぬよう、俊春が抱きとめたのである。


「参りました」


 俊春に抱きかかえられたまま、沖田は降参した。


 両肩を、激しく上下させながら。



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