天然理心流 沖田総司
「まったく、だれかさんのせいで、総司にうまくつなげることができなかったではないか」
「新八のいうとおり。みろよ、黒谷の連中のあの白い瞳」
「あぁでも、やはり土方さんって感じだよね。試衛館の時分とまったくおなじだ。土方さん、ほかの道場だろうと路上だろうと、汚い戦法はまったくかわらないものね」
永倉、原田、藤堂だ。
「やかましい、てめぇら。いつもいってるだろう、ええっ?おれは、お上品な剣術を目指しているんじゃねぇ。生き残ることだけをかんがえてるんだよ。いかなる策をつかおうと、いかなる態度をとろうと、ようは生き残りゃいい。それが勝ちってもんだ」
ドヤ顔でひらきなおる副長。
俊春にしてやられる度に、微妙にモットーがずれていっているのは気のせいか。
「総司、やれるか?調子が悪ければ、日をずらしてもいいのだぞ?」
副長の尻拭いがおわったころ、局長の声がきこえてきた。
沖田は、正座し、黙想している。
そして、俊春もまた、目隠しを縛りなおし、道場の神棚と会津候、桑名少将に礼をとっている。
「近藤さん、大丈夫です」
沖田は、瞼をあけると局長をみ上げた。
「気組は充実しています。いま、やらないと機を逸してしまいます」
「総司・・・」
おれだけでなく、みながかれの周囲にあつまる。
「みてください、ふるえていますよ。こんなこと、はじめてだ」
沖田は、膝上に置いている両掌をあげてみせる。
それらは、小刻みにふるえている。
「緊張、不安、恐怖・・・。正直、いろんなものにおしつぶされそうです。しかし、うれしくてうれしくて仕方がありません。気分が高揚しています。わたしは、かようなすばらしい機会をつくってくれたすべての人に感謝しています。同時に、新撰組一番組組長の名に恥じぬ勝負をすることで、報いたいと思っています」
沖田は、緊張とうれしさがまざったような笑みを浮かべつつ語る。
局長、井上、原田、藤堂、島田が号泣。子どもらもひっくひっく泣いている。
永倉と斎藤も、あらぬ方向をみてはいるが、泣いているようだ。
そして、副長も・・・。さりげなく指先で目許を拭ったのを、おれはみ逃さない。
「総司、選別だ。これをもってゆけ」
それをごまかすため、咳払いをしてからちいさな紙包みをさしだす副長。
「土方さん・・・」
沖田は、ゆっくりと立ち上がりながら木刀を左脇に帯びる。
「それは、さっきの奥の策ですか?それとも、秘伝の「石田散薬」ですか?」
沖田は、副長をまっすぐみ据え尋ねる。
「ああ?五分五分、二つを調合した秘伝中の秘伝の薬だ」
しれっと答える副長。
ざわめく。
それは、毒、というのではないのか?化学兵器よりもすごいかも・・・。
「お気持ちだけいただいておきますよ、土方さん。どうせ、かれには効果なさそうですし」
「ちっ、いい機会だと思ったのによ」
副長の舌打ちと呟き。
それって、人体実験ってことですか、副長?
おれの心の問いをよそに、沖田は笑いながら、双子のまつ中央へとあゆむ。
副長が、沖田の緊張や不安をといたのだ。たぶん・・・。
「沖田先生、弟は新陰流の極意で相対したいと申しております」
審判役の俊冬が告げると、沖田は一つ頷いた。
「無刀どり、ですね?ええ、新八さんや一さんからきいています」
「沖田先生、あなたの現在の体力を加味し、弟にはこのまま目隠しをさせ、つかうのは左の掌のみにさせます。さきほどの試合で、弟にとっては目隠しも片方の掌のみということも、たいして問題にならぬことはわかっていただけたか、と」
「ええ、よくわかります。どうせなら、土方さんを背に負ってもらいたいですね。それでもなお、わたしにはすぎたる相手です」
副長をおぶって試合する・・・。
小説や映画であるような、上着の下に爆発物を装備させられた仲間を、主人公が助けるためにどうすればいいか悩んだり奔走したりする。そんな図になってしまう。もちろん、副長が爆発物だ。
いや、この場合は、邪悪な霊に憑依されるというのか?
「松吉、竹吉、こちらへ。父上と総司のたたかいを、しっかりみるのだ」
斎藤が、二人を呼び寄せる。
斎藤は、すっかりベビーシッター化している。しかも、微妙にしっくりきている。さらに、よちよちあるきの竹吉などは、かれに抱きつき、「はじめ、はじめ」と叫んでいる。
ってか、竹吉があるいている・・・。しかも、しゃべってる・・・。い、いつの間に・・・。
よその子の成長ってはやいとよくいうが、こういうことをいうのか?
「ささっ、お美津さん、お母様もこちらへ」
そして、女性陣を招きよせたのは・・・。
原田・・・。あなたって人は・・・。
「どうぞ、道場の床に正座は冷えます。京は、誠に冷えますな」
そういいながら、子どもらにとりにいかせた床几をすすめる副長。
副長・・・。あなたって人は、おいしいとこどりだ・・・。
たらし力は、皆伝どころか日の本一にちがいない。