ペッパーと海人と海賊会津侯
「土方さんっ、あんた、いったいなにやった?」
みんな、いまだにクシュンクシュンとくしゃみしたり咳きこんだりしている。
涙をぽろぽろ流しながらクレームをつけたのは、永倉である。
「これはなに?まさか、毒じゃないですよね、土方さん?」
藤堂は、道着の袖で鼻水やら涙やらを拭きまくっている。
いや藤堂、これが化学兵器だったら京都守護職は全滅だ。
副長は、日本史どころか世界史において、もっとも邪悪なテロ犯として永遠にその名を刻むことになる。
「毒性はありませんよ。胡椒という香辛料です。それにしても、よくこれだけ大量の胡椒が入手できたものですね」
そういいながら、胡椒についてウィキを検索する。
あるわけない・・・、か。
だが、胡椒は唐辛子よりはやく伝来していること、唐辛子がくる以前には、うどんなどにも胡椒をかけていた、という雑学的なものは思いだした。
胡椒は、この時代でもたしかにある。
副長が散布したのは、黒胡椒。すでに挽いて粉にしたものだ。
ミルで?
まさかこのときのために、副長が夜なべして挽いたと?
「わたしにきまっている」
その一言で道場の隅をみると、俊冬が四本しかない掌をひらひらさせている。
「厨で挽いていたのを、副長が瞳をつけられたのだ。さすが、としか申しようがない」
はあ?まったく意味がわからないんですけど?
警察では、催涙ガスをもちいることがある。戦争では、化学兵器である。それらは、一度に大量の数の人間に、なにかしらの影響をおよぼすことができる。
いやいや、そもそもこれは剣術のはずだ。
非公式とはいえ、会津藩と桑名蕃の藩主の御前である。
それなのに・・・。
さすがは副長である。
こんな汚い手段を、躊躇なくつかってくる。しかも、たまたまみかけた胡椒から、こんな策を考えだすとは・・・。
ある意味策士だ。奇想天外な戦術家だ。「銀河英O伝説」のライOハルトとヤO・ウエンリーもびっくりだ。
俊春に返り討ちにされたのが、かえすがえす残念でならない・・・。
あれ?
俊春をみてしまう。
この時代の人間の俊春が、なにゆえなんともなかったのか・・・?
「簡単だ」
床の上に巻き散らかされた胡椒を、箒でせっせと掃きながら俊冬がいった。
舞わぬよう、しずかに掃いている。
くそっ、あいかわらずおれの考えていることがわかっている。
「弟は、副長が懐に胡椒を忍ばせていることに最初から気がついていた。投げつけられたとき、息をとめたわけだ。われらは、琉球や伊勢で海人の経験がある。かなりながく、息をとめることができる」
「はあああああ?」
おれの顎は、昔の漫画みたいに床についているであろう。
うみんちゅ?沖縄の言葉だ。いや、そこじゃない。
琉球や伊勢で海に潜ってた、と?幕府か朝廷の為に、海に沈んだ金塊かなにかを探していたのか?それとも、海賊退治でもやっていたのか?いや、どちらかといえば海賊のほうか?
「主計さん、邪魔だよ、どいてよっ!クシュン」
子どもたちも、お掃除である。
市村が、おれをどかせながらくしゃみした。
「主計さんも手伝ってよ。全然かっこよくなかったし、せめて掃除くらいやってくれなきゃ」
田村が、マシンガンを乱射してきた。おれは、蜂の巣にされた。
「はあああああ」
おおきなため息が・・・。
「クシュン」「ハクション」
そのため息で、またしても胡椒が舞う。
子どもらがくしゃみをはじめる。
玉置から箒を渡され、上司の尻拭いをはじめる。
頭のなかを、「パイレーツ・オブ・Oリビアン」のテーマ曲がリフレインしている。