「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃーん!」
「俊春、なあに遠慮はいらぬ。おれだからとて、なにも手加減しろなんてこと、これっぽっちもいわねぇ。それに、強要するつもりもねぇ」
副長は、俊春の近間をおかす位置で立ち止まり、「手加減しやがれ。おれは、上司だよな?」ということを、ストレートに伝えた。
こういうのを、なんといえばいいのか?
パワハラか?
目隠しで俊春の表情はよくわからないが、かれはどう思っているだろう。
そして、厚顔無恥な副長は、どうでるのだろう。
足袋のおつぎは、なにがとびだしてくるのか・・・。
もはや副長に、正々堂々なんてイメージはまったくない。
「おいっ野郎どもっ!なにをぼーっとしてやがる?五十両、せしめにゆくぞ。いっせいにかかりやがれっ」
おれたちへの指示。
まるで野盗か山賊だ。
会津の剣士たちも互いの顔をみ合わせている。
思わず、永倉に指示を仰いでしまう。
かすかに頷く永倉。
従え、ということか。
全員が、正確には副長をのぞいた全員が腰を落とし、それぞれ得意の型で仕掛けた。
十一人の攻撃・・・。
これだけ華麗にかわされるといっそ清々しい。
十本の木刀と一本のタンポ槍による攻撃も、ひらりひらりとかわしまくっている。
「くらえっ、俊春」
ラスボスの叫び。
その瞬間、視界が黒っぽいものに覆われた。途端に、鼻に刺激が・・・。
こ、これは・・・。
「吸いこんではだめです」
そう忠告しながら、掌でおれ自身の鼻梁をおおう。
それでも、吸いこまざるをえない。
「ハックション」
「クシュン」
試合場のいたるところで、くしゃみがおこりはじめる。
視界がひらけたときには、全員が上半身を折るほどくしゃみを連発している。おれも含めて、だ。
いや、二人をのぞいてだ。
副長と、それから・・・。
「うわっとっとっと・・・。まてまて俊春、おれにちかづくんじゃねぇ」
俊春である。
かれは左掌の木刀をだらりと下げたまま、くしゃみを連発している剣士たちの間をゆうゆうとあゆみ、副長のまえに立つ。
俊春の口角が上がる。
俊春は、自身の道着をぱんぱんと叩きはじめた。途端に、道着に付着したものが舞い上がる。
「ヘックション」
それが、副長の鼻を襲った。
副長、自爆。
副長は、大量の胡椒を投げつけたのだ。
これぞまさしく自爆テロ。いや、まったく違う、か。
「ヘックション」「ハックション」「ヒイイイックション」
これはもう地獄である。
「ハクションO魔王」が、さぞかし迷惑するだろう。
そんな勢いで、みな、くしゃみを連発している。
涙と汗を流しながら。ついでに鼻水も・・・。
これが正々堂々、力のかぎり戦いきった結果の状態でないことだけが残念無念。
おれは、まだましである。すぐに気がついたので、吸い込んだ量はすくないし、なにより耐性がある。
もともと胡椒や唐辛子、タバスコといった香辛料が大好きだ。うどんには唐辛子を、ラーメンには胡椒をつもるほどかけるし、パスタにはタバスコを真っ赤にそまるまでふりまくる。
キムチもめちゃくちゃ辛いのが好みだ。
大阪にいる連れに、鶴橋のキムチを買ってきてもらったりしたものだ。
わお!ラーメンとキムチが喰いたくなってきた。
キムチラーメンもいいなぁ・・・。
風邪をひきかけたときなど、これがよく効く。
汗をかきかきすする麺。風邪菌などぶっ飛んでしまう。
ニンニクラーメン。
即席ラーメンでもいい。その上に、「桃O」のきざみにんにくを大量にのせる。
市販の風邪薬より、よほど効果的だ。
ただし、翌日が学校仕事の場合はご注意を。
風邪攻略法は兎も角・・・。
七つの大罪の一つである「貪食」に落ちかけたおれを、俊春が救ってくれた。
木刀の切っ先が、喉にぴたりとあてられている。
もちろん、俊春の木刀がおれの喉に、である。
「参りました」
ソッコー負けを認めた。