会津武士 翻弄される
俊春は五人に囲まれ、指が三本しかない左掌に木刀をだらりと下げたまま突っ立っている。
いや、厳密にはわずかに腰を落とし、そうとはわからぬ程度に前傾している。
まずは麒麟児田辺が、正面から上段に振りかぶってオーソドックスに仕掛けた。
刹那の間をおき、左側面より山川が、おなじように上段からの一撃を放つ。
俊春は、それらをわずかに体を開いてかわす。
つづく三撃目。北村が背後より、八双からの逆袈裟を仕掛ける。高崎がほぼ同時に、正面より上段からの一撃を放つ。
そして、真打ちゲロ佐川。こちらは、正面から高崎に連動し、突きを放った。
以前、河上に襲われた際、かれは駕籠のなかより二人の刺客を突き殺している。あのとき、かれはべろべろに酔っていた。
ゲロ佐川、と密かに命名するにいたった、あの一件である。
三人による、種類の異なる三つの技。
俊春は、それらも紙一重でかわしてゆく。鋭い突き技ですら、上半身を開いただけである。
「なんてこった。脚がまったく動いちゃいねぇ」
そう、永倉のいう通り。
俊春は、上半身しか動かしていない。
五人の剣士たち。もてる技のすべてを繰りだしてゆくが、それらすべて紙一重でかわされてゆく。
みえているかのように。
いや、たとえ目隠しをしていなくても、両瞳がみえていても、五人の剣士たちの剣筋はすばやい。
五人一斉に仕掛けられれば、その動きを追えるわけがない。
つまり、みえない。
先日の中村・河上と、その他大勢との一戦。
俊春は、あのときも十数名をなんなくあしらっていた。
瞳など必要ない・・・。
俊冬のいうことは、ある意味わかるような気がする。
もちろん、それは俊春や俊冬といった達人にあてはまることであって、おれのような腕前には適応外である。
ゲロ佐川も含め、翻弄されまくってる黒谷の剣士たち。
俊春がまだ一度も木刀をふるっていないのにたいし、全力で打ちかかってかわされるものだから、しだいに疲れがみえはじめてきた。
みな、肩で息をしている。
「嘘であろう?すごすぎないか?」
うしろで驚愕の声を上げたのは、俊春の剣技をはじめてみる藤堂である。
向こうで座して観戦している沖田へ、そっと視線を向ける。
かれは、ポーカーフェイスを保ってはいるものの、木刀を握る両掌に力がこもっているのがわかる。
「おいっ、なにをしておる?おぬしらも掌をかさぬか?」
ゲロ佐川が、ついに助けを求めてきた。
「しかたねぇな・・・。もっと踏ん張ってくれると期待してたが・・・」
「みろよ、俊春のやつ、けろっとしてやがる」
永倉と原田である。
「当然だよね。だって、ほとんど動いてないもの。これは、北辰一刀流目録程度じゃかなうわけないな」
「魁先生」と異名をもつ藤堂ですら、苦笑するしかないようだ。
「おいおい平助、実戦に目録なんざ必要ねぇ。ようはどんだけ実戦を重ね、のりこえてきたか、であろう?」
「あぁそれも、われらの比ではないのであろうな、きっと」
爽やかな笑みとともに、永倉の励ましにダメだしする斎藤。
「やはり敵わないんじゃないか」
「いや、おれたちには三位一体の必殺技が・・・」
「それもかれにとっては、烏合の衆にすぎぬのであろうな、きっと」
さらに爽やかな笑みとともに、永倉の発破の導火線を消してまわる斎藤。
「斎藤っ、おまえなぁ」
永倉が、ついにきれる。
「やる気あんのか?」
元御陵衛士の阿部だったら、「野獣だな、「がむしん」」と揶揄しそうな勢いで、斎藤に突っかかってゆく永倉。
「おいっ、なにをやっておる。はやくこい」
ゲロ佐川の、さらに疲労の濃い怒鳴り声。
「ゆえに、われらはかれの腕と脚を動かすことだけに専念すればよい。さすれば、すこしは疲れるやもしれぬ。われらも、総司に繋げられるであろう?ああ、そのまえに副長に」
斎藤の真摯な表情と言葉。
それで永倉も得心がいったのか、落ち着きを取り戻したようだ。
「それで?どうやるんだ?」
「わからぬ。それは、おのおので考えるべきであろう?」
斎藤の顔に、さらにひろがる爽やかな笑み。
つまり、打つ手なしってことなんだ・・・。